鬼喰 ― たまはみ ―

第四話 追憶 八

 麦の起こした小さな白炎が胸の傷を焼く。傷に加えられた一瞬の灼熱感が去った後、温かさがそこから全身へとゆっくり広がった。
 手にした幣からも穏やかな温もりが流れ込んでくる。
 鬼気に凍えた身が癒されてゆくようだった。
 麦が小さく鼻を鳴らし、わたしの頬に額をこすりつけた。
 傷の清めは終わったのだろう。冷たく固い違和感は消えていた。
 だが傷が消えたのではない。癒えたのでもない。
 現実の、切り傷の痛みはむしろ違和感が失われたことで増した気さえする。
 だが幸いなことに見た目の大きさに比して、傷は深くはなかったようだ。
 じわじわと血の染み出る傷を服の上から押え、しばらくすると完全とは言わないまでもそれなりに血も止まった。
 立ち上がってみたが、ふらつくこともない。
 幣を構えてわたしが前に出ると、視線だけで鬼を牽制していた志野が視線はそのままに訊いた。
「決まったか」
「うん」
 あんたにしちゃ早いなと志野が笑う。
 表情に滲む余裕から、彼女が志野の相手になりえないことがわかった。
 志野が彼女を喰うと決めたその瞬間にも勝負はつくのだろう。
 いや、勝負にすらならないのかもしれない。
 あるいはそのほうが彼女の苦しみは少なくすむのかもしれないが……。
「さんざん悩んでの今日だからね。でもその前に、雪白さま。少々お伺いしたいことが」
 なんじゃと優しげな声が返った。
「あれを祓った場合、生きている人への影響は」
 言いかけるとふむと雪白さまが頷いた。
「影が及ばぬとは言えぬ。が、死ぬようなことにはなるまいよ。あるいは数日床に伏せるやもしれぬが。喰うのではなく祓い清めるのであればなお影は薄く済もう」
 鬼と化した彼女をなお求め、永らえさせるのための祈りではなく、彼女との未来に執着する残像のような念だかららしい。
 生きてる人とは、と志野が表情でだけ聞いた。
 志野には鬼を形作っている念が複数あることはわからないらしい。
「彼女に共鳴している思念がある。その持ち主は生きてるんだ」
 そう聞いて志野はもう一度鬼に目を向ける。そして「そうか」と同じく視線だけで頷いた志野の口からは雪白さまの言葉が漏れた。
「嘆きの主が未来(さき)を生きるには、この念は滅してやったほうがよかろう。捨て置けばいずれ身を損ねる。いや、すでに損ねて居るやも知れぬな。鬼に添おうなど、人には障りにしかならぬゆえ。徒夢(あだゆめ)を祓うてやれば、あるいは鬼の目も醒めるやもしれぬ」
 雪白さまから確証を得て、わたしの心は決まった。
「祓う。志野、下がってくれ」
「いいのか? あんたには荷が勝ちすぎる。俺が喰うなら一瞬だぞ」
「喰わせたくないんだ」
 即答したわたしに志野が苦い笑みを口元に刷いた。
「大事な知り合いを鬼喰なんかには喰わせたくない、か」
「違う。おまえに喰わせたくない。彼女を」
 志野に取り込まれた鬼は多い。封じられているのか、眠っているのか。普段その存在を感じさせることはないが、彼らは確実に志野の中に今も存在する。
 志野の中から去ったはずの細波の気配さえ、注意深く探せば残っているのだ。
 この先、志野の中に古い友人の名残を度々感じ、悔いを覚えながら過ごすのは嫌だ。
 わたしの言葉を志野が理解するまでに二秒と少し。
「……なるほど」
 そして志野はその場からゆっくりと二歩を下がった。
「喰って帰ったら何を言われたものか……面白くないことは確かだ」
 そういいながらどこか笑い含みの志野の返答を後ろに聞きながら、わたしは再び彼女と対峙した。

「川畑さん、還すよ」
 声をかけたのはかつての友人への礼儀でもある。そしてそれ以上に自分への確認だった。
 できるなら、凝りを解いてやりたい。
 その上で、魂をあるべき処へ送ってやりたかった。
「過去には帰れない。変えられない。全部忘れて還ろう」
 イヤダ
 眼前に構えた幣に、強く抗う力が加えられる。
 幣を両手で支えたわたしに志野が背後から訊いた。
「手伝いは」
「いらない」
 志野の申し出を即座に断る。
「麦も下がって」
 これ以上は誰の手も借りたくない。
 彼女との間に人を介したくない。
 鎮まれと念じつつ、怒りのままに放たれ拡散した彼女の思いを一つところに集めることを意識する。
 どうにかして彼女の意識を呼び覚ますことができたら……。
 動かない時に捕らえられている彼女の縛りを解くことさえできるなら、力づくで祓わずに済む。
 固く凝った思いを清め、天地を巡る命の輪の中に、彼女を返したかった。

 どうしたら……。
 細波のときを思い出す。
 彼女と同じく唯一つの思いだけに凝っていた細波の、細波としての意識を取り戻したのはなんだったのか。
 細波とは比べ物にならない、だが抗う力は小さくない。幣を支える手に、青く血管が浮かび上がる。
 圧力に耐えながら、わたしは記憶を探った。
 細波。君が君を取り戻したきっかけはなんだった。
 君が一つところをめぐる思念の渦から脱する端になったのはなんだ。
 巻き起こる風の中でわたしの耳は微かな水音を拾った。

 ――待っているよ

 ――わたしは待ってるよ。君が思い出すまで
 それはわたしが細波に語りかけた言葉だ。
 その言葉に細波はかつての約束を思い出した。
 細波の思いの原点だ。
 待つといった人を、破れた約束を、苦しんだ過去を、受け止めてくれた存在を、それらを思い出し、細波は「鬼」から細波に戻った。
 では、彼女の原点はなんだ。
 何であれば彼女を鬼から彼女に戻せるのか。
 洋の言葉が脳裏に蘇る。
 ――やり直したい起点が兄さんだなんて
 無理だ。
 わたしと彼女を結ぶ絆は余りにも弱い。
 互いの間には約束の一つさえない。
 ただ淡い思い出があるだけだ。
 イヤダ、イヤダ、イヤダ
 チガウ、チガウ、チガウ
「川畑さん……」
 わたしに執着を見せる彼女が本当に求めているのはわたしの居た過去であり、今のわたしではない。
 だからわたしの声は彼女には届かない。
 そのことに歯噛みをしたとき、雪白さまが言った。
「そなた、まこと己の声を届けようとしたか。ただ一度(ひとたび)でも」
「え? ……っ」
 気を緩めたつもりはなかったが、集中が途切れわたしは三度暴風に曝されることになった。
 とっさに頭部は庇ったものの、幣を構えていた手と二の腕は幾筋もの風の刃を受けて赤く染まった。
「馬鹿か」
 乱暴な口調とともに志野がわたしと彼女の間に入る。
「怪我をさせるなと言われてきたんだ。文句を言われる俺の身にもなってみろ! 怪我を増やすな!!」
「すまない」
 いつの間にそんなことができるようになったのか、志野はかざした右手の先に半球型の薄い水の幕を張っている。
 たとえるならシャボン玉の一部分のようなものだが、どうしてか吹き狂う風の中でも微動だにしない。
「あまり手間かけさせるようならこっちで勝手に終わらせるぞ。半死半生のあんたを連れ帰るよりは、喰って帰るほうがまだ無難だろうからな。わかったらさっさと片付けろ」
「あ、ああ、うん。気をつける。ごめん」
 いったい志野は神主さんから何を言い含められてきたのか。その迫力にはただ頷くしかない。
 いや、ともかくも今は彼女に集中しよう。
 わたしが体勢を立て直すのを待って、志野は再び下がった。

「川畑さん」
 もう何度目の呼びかけだろうか。
 彼女は応えない。聞こえている様子さえない。
 寄り添うように近く響きあう隈田と彼女の思念に胸が痛んだ。
 隈田と彼女の望みは根本ですれ違っている。
 隈田は彼女との幸せな未来を思い描き、彼女は幸せだった過去を強く希っている。
 一見相反する思いは、互いに異なる願いを抱きながら、しかし「失われた幸せ」を希う一点で強く結びついていた。
 願いを異にするわたしの声が届かないのは、言うなれば仕方のないことだ。
 だが、わたしの思いは彼女に届かない、それが当然であるのなら
「それならなぜ……なぜ、わたしの前に現れた! どうしてわたしを呼ぶ!」
 清められることを拒み、祓われることを拒み、異なるものになり果ててまで
「わたしを呼びながら、どうして聞かない!」
 力任せに振るった幣が向かい風を裂く。
 白茶けた枯れ草が千切れ飛ぶ。
 溶け合った二つの思念の間を割って、振るった幣の勢いが凝りの核へと届いた。
 確かな手ごたえと共に凝りの一部が砕け消失する。
 息が荒いのは無茶をしたせいか、それとも単に怒りのためか。
「そこまでわたしに拘りながら、なぜわたしを見ない……鬼になってまで、わたしに会いたいと思ってくれたんだろう? それともわたしは君にとって、単に幸せだった過去の目印にすぎないのか」
 応えはなかったが、微かに怯むような気配を感じた。
 共鳴が鈍る。その一瞬を捉えてわたしはまず隈田の念を祓った。
 念を送り返す先が明らかな分、彼女の念よりも祓いやすい気がしたのだ。
 それに隈田が彼女の幸せを願う限りその思いに遮られ、過去を求める彼女にわたしの声は届かない。
 どうあっても隈田の念には消えてもらわなくてはならない。
「隈田。君への謝罪はあらためて。今はお休み」
 返れと強く念じて幣を払うと、隈田の念は読み通りあっけなく祓われ散り散りなった。
 隈田の元へと返ってゆく念を短い言葉で送り、わたしは彼女に向き直った。
 風の勢いは格段に衰えている。
「君じゃない、異なるものになるのなら、いっそ全部忘れてしまえばいいんだ」
 この十六年、わたしが彼女のことをを忘れていたように、彼女もわたしを忘れるべきだった。
 違う。彼女だってずっと思い続けてきたのでもないだろう。
 思い続けるほど明確なものであったなら、むしろこんな未練にはならなかった。
 それほどにあやふやな過去に、彼女は縋るべきではなかった。

 あのとき、もしも……と思念が語る。
 わたしにとっても馴染みの深い思いだ。
「『もしも』はありえない」
 わたしの否定に彼女がまた強く抗った。

「過去に拘るから誤る」
 都合よく色を施した過去と引き比べることで、今が色褪せて見えることは、珍しくはない。
 鬼とのいざこざを除けば苦労という苦労のなかったわたしでさえ、この十六年の間には逃げ出してきたはずの「故郷」がどこよりも心地よい場所であったかのように思える瞬間が度々あったのだから。
 ただ、わたしにはそれが誤りであると言ってくれる人がいた。
 記憶の中に作られた都合のよい幻を追いかけて、目の前のものを見失うことがあってはならないと、諭してくれる師の存在があった。
『あなたが変わらなければ、他に何一つ変わるものはありません。過去も、未来も』
『変えたいと願うなら、あなたが変わらなければならない』
 色褪せて見えた今が過去になり、初めてそれが美しいものであったと気づくなど、よくあることだろう。
 過去になったからこそ美しく見えることも稀ではない。
 だからこそ彼女はそれに陥り、また、立ち返ったのだ。
 思い出は今を計るものにはなりえないことを知り、彼女は過去を未来へとつなぐために現在を乗り越えようとした。
 その健気な意思は生とともに断たれてしまったが……彼女の過去への思慕がわたしを起点にしているのなら――わたしの記憶が足枷になっているのなら――わたしのことを忘れてしまえばいい。
 戻りたいと願う標(しるし)さえなければ、彼女は凝ることなく天地に還ってゆける。
 半端に覚えている必要はない。
 わたしの中に潜む微かな思いを頼んで、この世に縋らなくてもすむ。
「俺が消してあげる。君を縛る過去を」
 途端、猛烈な反発があった。
 イヤダ、嫌ダ。忘レナイ。
 コノ思イダケガ支エダッタ。
 手放スコトナドデキナイ。

「柚子!」

 わたしの声に、凝りが歪むように揺れた。

『本当はゆうこなんだけど、柚子って書くから。冬至生まれなの』
『へえ、……川畑さん、「ゆうこ」なんだ』
『うん。ゆうこ』
『柚子と書いて「ゆうこ」か。ふうん、珍しいね』
『仰木くんほどじゃないと思う』
『そうだけど、でも「ゆうこ」で柚子と書くのは、やっぱり珍しいと思うよ』
 しつこくならない程度に繰り返しゆうこという音を口に乗せる。彼女の名を呼ぶ機会などないだろうから、きっと今しか口にできないからと。
『そんなに変?』
『いや、変じゃない』
『よかったぁ。……でも、改まって「ゆうこ」なんて言われると変な感じがするね』
 わずかに頬を染めて笑う彼女を、たぶんわたしは愛しいと思った。
『あまり「ゆうこ」とは呼ばれないの?』
『ゆうこって呼ぶのは家族だけかな。他はみんなゆず。隈田くんがゆうちゃんって呼ぶくらい』
 そう聞くと、なおさら口にしたくなる。
『家族以外には「ゆうこ」とは呼ばれたくない?』
 そこまでのこだわりはないけれど、と彼女は笑った。
『でも、せっかくだから特別な人にだけ呼ばれたいかな。家族みたいな』
 それで、と彼女はいたずらめいた表情でわたしを見上げた。
 黒い瞳にわたしが大きく映っていた。
『仰木くんはどう呼ぶ?』
『……あー、えーっと、じゃあ』
 わたしが答える前に、誰かが彼女を呼んだ。
 それきりわたしが「ゆうこ」と彼女を呼ぶ機会はなかった。
 ――あのとき、もしも彼女を呼ぶ人がいなかったなら

 末枯れた花々が強風に舞う。
 固い葉が頬を掠めて飛んでゆく。
「凝りを手放して、『君』は消える。それがいい。わたしを忘れて天地に還る」
 共鳴する念を失い、それでもまだ精一杯抵抗する霊(すだま)にわたしは宣言した。
 言いながら、決して彼女はそれを受け入れはしないだろうことも、頭のどこかでわかっていた。

 イヤダ イヤダ イヤダ
「……どうしても手放せない、消えたくないというのなら」
 滲み始めたまなうらに映る物があった。
 闇に白く灯る、それは花だ。
 今度はこの花を見に来よう。いつとは無しにそう約束した冬の花だった。
「ならば常しえの眠りを」

「おい!」
 構えを変えたわたしに、何をするつもりだと志野は言ったように思う。
「封じる」
「寄り代はいかがする」
 呑気にも聞こえる雪白さまの声に、わたしは彼女を牽制したまま背後に一瞬だけ視線を寄り代の方向へと走らせた。
「この先の桜に」
 そちらを振り返った志野が「遠い」と短く指摘する。
「峠の向こうだぞ。ここからやる気か?」
「できる」
「できるって、あんた」
 無理だと言いかけた志野が言葉を呑んだ。
「……失敗したら悪いが食うぞ。一度で決めろ」
「わかった」
 否応でも成すしかない。
 彼女をこのままにはできないのだ。
 今見逃せば、いよいよ彼女は彼女でないものに成り変わってゆくだろう。
 雪白さまや細波が、図らずも多くの人に災いをもたらしたように、彼女もまたそういう存在へと変わってしまう。
 叶わぬ思いに縛られ、己の望みだけをただひたすらに希う鬼になどさせたくない。
 凝りを解いてやれたなら、あるいは凝りのみを祓ってやることができたならよかった。
 だが彼女は凝りの原因を決して手放そうとはしない。
 凝りを手放せないからこそ鬼としてそこにあるのだから。
 取れる手立ては二つきり。凝りを解いて清めることができないのなら、力づくで祓うか、封じるか。
 いつぞやの靄のように、霊(すだま)としてさえ存在できないよう祓い散らしてしまう、それこそが、今のわたしにはもっとも簡単で確実な方法であることに気づいてもいたが、わたしはそれを無理にも考えないようにした。
 どうあっても力押しになるのなら、せめて彼女の思いを酌んでやりたいと思ったのだ。
 凝る思いをこそ手放したくないと彼女が願うなら、その願いのままに封じよう。

 霊(すだま)を封じたことはない。
 試みたこともない。
 だが、できるはずだ。
 わたしはいつか綻びを封じた日のことを思い出していた。
 桜の枝に麦を封じた、一年ほど前のあの夜だ。
 目的は違うが、霊を依り代に封じ込むということに変わりない。
「いつか、何もかも忘れたときに還るといい」
 それをも拒む彼女の声は、あえて聞かなかった。
 遠い記憶の中の桜を強く思い描いた。見たことのない花をその上に咲かせる。
 玄冬に白く匂う花は、きっと彼女にはよく似合うだろう。
 わたしは彼女のための詞を紡ごうとした。
「……」
 溢れ出るあまりにも多くの思いに、言葉が失われる。

 一面の花野の中でわたしたちは葉が色づき始めた桜を見上げていた。
 まだ固い蕾が見える。
 枝を見つめたまま彼女が言った。
『残念。花も見てみたかったね』
『いつごろなら咲いてるかな』
『もっと、寒くなって……冬休みに入るころには?』
 そのころには彼女の誕生日もやってくる。丁度いい。
 本当は柚子の花がよかったのだけれど。
『もし、よかったら』
 言いかけたそのとき、帰るぞと声がかかった。
 ――もしも、あのとき

 霊(すだま)はただ哀しく「イヤダ」を繰り返している。

 あの日。
 冬休み最初の日、後輩の試合を見学した後に花を見に行こうと彼女を誘うつもりだった。
 休みに入れば、声をかける機会がない。
 休みが明ければそれどころではない。
 しかし田宮の枸橘騒動で、気がつけばいつものように別れていた。
 そのまま彼女とまともに話すこともなく、わたしは故郷を離れた。
『またね』
 そう言って手を振った彼女の顔がやけに鮮やかに思い出された。
 ――もしも

 ――せめて卒業式の日に

 言えなかった。何一つ。
 何一つ、伝えられなかった。
 いや、何を伝えたいのかさえ、あの日には定かではなかった。
 淡々しくおぼろげな、優しいいくつもの思い出から、おそらくはそれを伝えたかったのだろうと、今になって思うに過ぎない。
 だから、言えなかった。
 十六年前の今日、わたしが彼女に伝えたかっただろう言葉は、もう二度と帰ることのない言葉になってしまった。
 本当に大切だった言葉を削ぎ、なお残った少ない言葉にわたしは思いの全てを込めた。
「誕生日おめでとう」
 目礼と共に大きく幣を振るう。

「さようなら」
 それが祈りの詞の代わりになった。
 振るった幣の動きが微かな音を残して止まるそのときには封じは終わっていた。
 そして解かれることも、清められることも、祓われることも、封じられ眠ること、救いの何もかもを最後まで拒み通した霊(すだま)への哀れみだけがわたしに残された。