鬼喰 ― たまはみ ―

閑話 白鷺の蛍火に溺る

一.祥月に祈る

 五歳のときだった。今も覚えている。
 きれいだった。白い頬をほんのり桜色に染めて、みいちゃんは微笑んでいた。
 あんなきれいな人が親戚だなんて!
 だからわたしは、初めてあった再従姉が大好きになってしまったのだ。
 来る前は、知らない人の結婚式なんてつまらない、お友達と遊ぶほうがいい、なんて言って祖母を困らせたりしていたのだけれどそんなことはすっかり忘れてしまった。
 わたしもいつかはあんな風になれるかしら、と祖母に尋ねる。
 その刹那、祖母が浮かべた表情をわたしは長らく忘れていた。苦味よりも痛み、痛みより嘆きに似たあの顔を。
 祖母は瑞江さんを見る。そしていつものように優しい表情を作り直すと言った。
『そうねぇ、そのお転婆を直せば、もしかしたら半分くらいは近づけるかもしれないわね』
 半分! 半分も近づけるなら充分!
 幸せで嬉しくて、その日わたしはずっとみいちゃんの側にいた。みいちゃんはそのわたしを可愛がってくれた。
 花嫁姿のみいちゃんと一緒にとった写真は、幼いわたしの宝物だったのだ。
 みいちゃんの笑顔がどこか遠いことに、わたしはずっと気付かなかった。

 その五年後にみいちゃんは亡くなった。わたしは泣いた。
 泣いても泣いても涙は止まらなかった。このまま涙は止まらなくて、干からびて死んでしまうのではないかしらと怖くなるくらい泣いた。
 結婚式のときと同じように白い着物をきたみいちゃんの顔は、あのときと同じように少し笑っているように見えたけれど、触れた手は冷たかった。わたしの体温も吸い取られてしまうような冷たさだった。
 それでももしかしたら温かくならないかしらと、随分長い間手を握って泣いていた。
 さあ、泣くのはもうおやめ、こっちにいらっしゃいと祖母が言う。そう言う祖母も目を真っ赤にしていた。
 どうして、どうしてみいちゃんは死んじゃったの?
 わたしは祖母に駆け寄った。
 どうして死んでしまったの? どうして死ななくちゃいけなかったの? ねえ、どうして? ひどい、こんなのひどい!
 泣きながら叫ぶわたしを抱きしめて、祖母は声を殺して泣いていた。
 そんなとき、ごめんな、とわたしの頭を撫でたのはみいちゃんのお兄さんという人だった。
 ごめんってなあに? どうして謝るの?
 けれどみいちゃんのお兄さんは寂しげに少し笑っただけで答えてはくれなかった。

 その理由がわかるまでに要した月日は三十年。
 みいちゃんがいるはずだった場所にわたしが立って、二十年目のことだった。
 仰木の桜のことは祖母から聞いていた。
 桜を守ること、桜を絶やさないこと……人柱を立ててでも守らなければならないこと。
 おとぎ話のようなものだとずっと思っていたのだけれど。
 十六年ぶりに帰省した和さんが洋と一緒に探しだした文書――仰木に桜の祭祀を委ねた上の社の神官の手によるものだったらしい――のには、古くは一門の長の命令で、一門のもっとも優れた呪者が、一門のもっとも不出来な者を柱に、封を施していたのだと書かれていたようだ。
 あたりまえだ。桜が危機にさらされるたびに当主を柱にしていたのでは守れない。死なせるなら不出来な末端でいい。
 優秀な血と力と正しい知識を後世に伝えるためには必要なことだろう。
 それくらいのことはわたしにも理解できる。けれどそこまで考えたところでわたしは首をひねってしまった。
『そういう力って遺伝するものなのかしら?』
 それならわたしにも何らかの力があってもよさそうなものだけれど。尋ねると息子が答えた。
『封印には、封を施した呪者の血を継ぐ者にのみ従うという性質があるみたいだね』
 たしかに無制限に誰にでも扱えてしまったら、なんの悪戯で封が解かれてしまうかわからない。
『血を継ぐ者同士で意見が違った場合は、どちらに従うかも条件付けられてると思う。それが何かなのかは、まだわからないけど。不出来な末とは言われていても、まるで何の力も有していないことはなかったみたいだし』
『そうなの?』
『力を有していない者はあえて一門には数えなかったのかもしれません。もしくは』
 和さんは言う。
『単に祭祀を行う者の力が、柱になる者の力に勝らなくてはならない、ということかと』
 それならなおさら無力な者の方がよいのではと思う。しかしわたしが首を傾げると、洋が苦笑まじりに説明をしてくれた。
『力をまったく表さない者ではかえって危険でしょう。そのときになって万が一にも祭祀者よりも強い力を現したら、ね』
『そうねぇ……』
 追い詰められてはじめて発揮される力もなくはないだろう。
『じゃあ、封印を受け継がせるのは何故?』
『封印は封じた者にしか解けない。逆に封じた者が倒れれば解ける。……でも人の一生は長くないから、血を継ぐ者に封じの期限を次々に負わせてゆくしかないんだ』
 ため息がこぼれた。
 桜が弱ったそのときに、封じなおせる力のあるものが居ればいい。
 けれど居ない場合には、誰かを犠牲にしなくてはならない。あの古木は、そうしてどれだけの命を喰ってきたのだろう。
 ……いや、一概に封じなおせればいいというものでもない。
 なぜなら新たな封印は、封を施した者の血筋によって守られるしかないのだから。
 つまり、今後は和さんか洋の血筋で守ってゆくしかないということだ。
 それ以前であれば、わたしや祖母でも肩代りできたことが、今後は彼らの子や孫のみに限られてゆく。
 晴々と「よかった」とは、わたしには言えない。

 以前であれば柱には祖母やわたしもなれた。
 それは柱は瑞江さんでなくともよかったということでもある。
 古くからの決め事に則るのであれば、田崎の家(わたしの実家)の誰かが柱に立つことが相応しかったと言える。
 たとえ祭祀者との力の兼合いは懸念されても、みいちゃん自らが柱に立つことが最善だったとはわたしには思えない。
 でも、みいちゃんは誰に諮ることもなく、ひとりで逝ってしまった。
『もし誰かに相談していたなら、その誰かはきっとわたしを柱にするよう進言したでしょう』
 わたしの胸中を察したのだろうか。みいちゃんの忘れ形見は小さな苦笑をこぼした。
『彼らにとってわたしは、居ないはずの……居てはいけない存在だったのですから。少なくとも、母が亡くなるまでは』
 聞いた瞬間、血が凍るような思いがした。
 なぜ知っているの、誰がそんなことを聞かせたの、という悲鳴さえ咽喉の奥に張り付いてしまう。
『誰も口にはしませんでしたが』
 浮かべた仄かな笑みはあの日みいちゃんがみせた笑顔に似ている。
 わかってしまったのだろう。
 物に残されている念を、この子は読み取ってしまう。
 それを知ったのはつい先ほどのことだけれど、思えばそんな事柄はいくつもあった。
 人の心に敏いのだと、わたしは思っていたのだけれど……。
 この家をでた理由のひとつには、それもあったに違いない。そんな思念に囲まれて生きるのは辛すぎる。
 だけど、それは否定のできない事実ではあるけれど、あなただけはそれを言ってはいけない。あなたの口からそれを聞かされることが、彰英さんやお義兄さんをどれほど傷つけるか。
 何も言わず、表情さえ変えず、でも彰英さんの手はかすかに震えていた。
 けれど、と彼は続けた。
『母はそうは思っていなかった。そういうことではないでしょうか。母はわたしに居場所を与えてくれたのだと思います』
 彼は穏やかな目で彰英さんを真っ直ぐにみる。そうだろうか、と聞き返そうとして彰英さんが声を詰まらせた。
『ええ』
 どうぞと彼は彰英さんの杯に酒を注いだ。

「歳もとるはずよねぇ」
 鏡の中の自分に話しかける。
 彰英さんの中で永遠に歳をとらない瑞江さんが、少し羨ましくも思える。
 とはいえ、あのときにもしわたしが柱になっていたとしても
「十歳じゃとても敵わないわ」

 あれは大好きだった再従姉の死から八年目。
 宝物の写真を見ても、わたしもなんとか涙を流さずにすむようになっていた。
 それでも何かの折に思い出せば目頭が熱くなる思いはずっと続いていた。
 雨の季節も終わろうとしていた。時折広がる晴れ間は夏の色強くしている。そんなころだった。
 祖母に呼ばれて部屋を訪ねると、そこへお座り、と言われた。
「おまえ、仰木に嫁ぐ気はない」
 なんの話、というのが第一印象だった。
「彰英も瑞江を亡くして八年。そろそろ後添えを迎えても良いころだと思うのだけれど」
 祖母が彰英と名を呼ぶとき、そこにはいつもそら寒い響きがあった。
 祖母は仰木に押しかけて婿になった彰英さんを好きではないのだ、ということは、なんとなく肌で理解していた。
 その好きではない彰英さんにわたしを嫁がせる。
 わたしは顔を顰めたのだと思う。
 祖母は仄かに苦味の混じる笑みを浮かべた。
「おまえも知っているだろうけど、わたしはあの男が好きではなかったの」
 許婚のいた瑞江に言い寄って、婿に収まったあの男がね、と祖母は言う。
「隆正まで追い出したと聞いたときは、目の裏が白くなるような怒りも覚えたわね」
 隆正さんというのがみいちゃんの義理のお兄さんで、本当はみいちゃんのお婿さんになるはずだった人だということも、このときのわたしは知っていた。祝言を間近に控えた二人の間を彰英さんが割ったのだ、と何かの折に聞いたこともあった。
 祖母はまだ少年のころに仰木の家に迎えられた隆正さんのことも、とても可愛がっていたそうだ。
「呪ってやろうと思ったこともあるわ」
 祖母が言うとどうしてか冗談には聞こえない。
 引きつった笑顔を作ったわたしに「やらなかったわよ」と涼しげな声が言う。
 でもね、と続けられた声は、けれどそれまでとは違って少しだけ温かみを帯びていた。
「あの男、今でも孝雄と瑞江の陰膳を欠かさないと言うじゃないの」
 仰木にとって迷惑には違いなかったけれど、あの男はあの男で、瑞江を愛していたのねぇ。
 ため息混じりに祖母は言った。
「後添えの話も全部断っているようよ。おかげで庫裏はめちゃくちゃなのですって」
 話が見えてきた。
 葱嶺寺の門徒さんに、祖母は泣きつかれたのに違いない。
「わたしとしても、縁もゆかりもない娘があの男の後添いに迎えられるのは頭の痛いところなのよ。いいえ、あの男が仰木を出てゆくのなら、それでも構わないのだけれど……」
 つまらない女が後添えになり、万が一にも瑞江さんの忘れ形見を追い出すようなことになっては困る、ということだ。
 嫌だと言うなら無理には勧めない、可愛い孫をあの男に嫁がせるのも、それはそれで気が滅入ることでもあるのだから、と祖母は続ける。
「でも、彰英さんは? 断るだけじゃないのかしら」
 祖母は鼻で笑った。
「今のあの男は仰木に逆らえはしませんよ。瑞江が死んでからは抜け殻のようなものですもの。どうとでもなる、と言いたいところではあるけれど、それではますますおまえが不憫ね」
 全くだ。死に別れて十年弱、いまだに「抜け殻」と言われるほど瑞江さんを思っている人のところに嫁いでわたしが楽しいはずがない。
「それじゃあ、おまえが嫁ぐまでの間、庫裏を手伝っておくれでないかい。わたしが手伝えればよいのだけど、それはさすがに厭味が過ぎますからね」
 祖母と彰英さんの不仲は誰もが知っている。
 祖母は姪孫である瑞江さんをことのほか可愛がっていたし、その夫になるはずだった隆正さんのことも我が子にも等しく可愛がっていたと父からも聞いている。その二人を裂き、自分の生家である「仰木」をめちゃくちゃにしてしまった彰英さんを、祖母はまだ許せないのだと思う。
 そういった確執を抱えた祖母が、いかに仰木のためであるとはいえ彰英さんの手伝いに赴くのは難しい。
 母は兄嫁とのイザコザに忙しく、伯母は結婚を間近に控えた従姉に手一杯。
 畢竟、動けるのはわたしだけ、ということだ。
「仕方がありませんね。わかりました」
 わたしは了承した。
 ため息をつきたい思いに嘘はなかったけれど、大好きだったみいちゃんの役に少しでもたてるだろうかと思うと、それほど嫌だとは思わなかった。

 数日後、わたしは仰木の家を訪ねた。訪ねるのはそれが四度目だった。
 わたしのことを、彰英さんは覚えていた。あれだけ大泣きしたわたしを、忘れるほうが難しいかもしれない。
「大きくなったね」
 そういってそっと息を吐いた。瑞江さんを亡くしてからの月日を思ったのに違いない。
 わたしと同じで、まだあの日の痛みを忘れられないのだと思い、胸が詰まった。
 それから彼は息子を紹介した。四歳だった子供は中学生になっていた。
「和、と申します。よろしくお願いします」
 そういって深々と少年は頭を下げる。整った面立ちは瑞江さんによく似ていると思った。

 その後、何かの折にわたしは少年に「お母さんに似てるね」と言った。
 性別の違いもあるからそっくりというほどではない。けれど優しげな表情の中に混じるかすかな翳りが瑞江さんを思わせた。
 彰英さんが長い間彼を直視できなかったのも、それが理由だと思う。
 少年は困ったように俯いた。
「わたしは母の顔を写真でしか覚えていないので……」
 その言葉にわたしは泣いてしまった。
 どうしました、わたしが何か失礼をいたしましたか、と、うろたえる少年になんでもないのだと答える。
「ごめんなさい。なんでもないの。ただちょっとみいちゃんのことを思い出して」
 八年前を思い出し涙をこぼすわたしに少年は「ありがとうございます。母も喜ぶでしょう」と微笑んだ。
 その笑みが、やっぱりみいちゃんに似ていて、わたしは涙を堪えることができなくなってしまった。
 だって少年のその笑顔には、みいちゃんを懐かしむ色は欠片もなかったのだ。
 覚えていないのだから仕方がない。でもこの子は気付いていない。
 覚えていない、と、忘れられない、は喪失の表裏。共有するはずの時間を奪われた結果の二側面であることに。
 わたしはそのまま廊下にしゃがみ込んで泣き続けたのだった。

 結局その二年後、わたしは彰英さんと結婚した。
 まるで贖罪のように一心不乱に勤める彼を一人にはしておけなかった。
 瑞江を忘れられない、それにわたしは仰木の人々にも好かれてはいないから、と彼は一度はわたしの求婚を断ろうとした。
「わたしはね、彰英さん。瑞江さんの代わりになりたいんじゃないの」
 なれるはずがないことになど、当に気付いていた。
「みいちゃんのことは忘れないで。ずっと覚えていて。その方がわたしも嬉しい。わたしにとっても憧れの再従姉だったんですもの」
 彰英さんの表情が歪んだ。泣き出しそうな顔にも見えた。
「一緒にみいちゃんの思い出話がしたい。なれ初めも聞きたい。大恋愛だったんでしょう?」
 泣きそうだった顔に、かすかな笑みが浮ぶ。それでも彼は首を縦には振らない。
 その問いがどれほど残酷なものであったのかも、このときのわたしは知らなかった。
 ただ、それでも首を横に振らないのだから、少しは期待してよいはずだとそう思っただけだった。
 あなたのお心遣いはありがたく思います、と彰英さんは微笑み、しかしと顔を伏せる。
「あなたのお祖母さまはなんと仰るか……」
 周囲の大反対を押し切って瑞江さんと結婚した人だとは思えない言葉だった。
 それだけ瑞江さんを失ったことが痛手になっていたのだと思う。
 祝福されない結婚は、どれほど辛いだろう。それに耐えてゆく覚悟をしたのは、離せない手があったからだ。
 それなのにその手は死によって隔てられてしまった。
 二度は味わいたくない痛みに違いない。亡くすのも、反対されるのも。
 といって今度は祖母もそれを望んでいるといえば、頑なになってしまうような気がした。
「……じゃあ、こうしましょう。誰かの反対があるならわたしは諦めるわ。そのかわり、反対がなかったら彰英さんも前向きに考えてね」
 我ながら小ずるいやり方だとは思った。
 それでも彼を頷かせるには一番の方法だった。

 わたしが納得しているなら祖母も反対などするはずもなく、また仰木の最長老である祖母に反対する者もない。すぐに話は整った。
 唯一の気がかりは和さんの反応だったけれど、彼もまたみいちゃんによく似た笑顔で「おめでとうございます」と言ってくれた。
 それが母を覚えていないことによるものだということには、切なさを覚えなくはなかったけれど。
 もちろん祖母も彰英さんに釘を刺すことも忘れなかった。
「もし祥子を不幸にするようなことがあれば、今度こそ、わたしはあなたを許しませんよ」
 言祝ぎにはあまりにも相応しくない言葉だったけれど、それが祖母の最大限の譲歩であることを誰もが理解していた。
 祖母に彰英さんは無言で頭を下げた。額を畳みに擦り付けるようなそれは、覚悟の表れでもあっただろうし、瑞江さんのことについての詫びでもあったのだろう。
 祖母は大げさなため息をついた。そして彰英さんの手を取って起こす。
「幸せにおなりなさい。それが瑞江の願いでもあるのでしょうから。あの子はずっと悔いていました。あなたを己の運命に巻き込んでしまったことを。それでも手を離さないでいてくれたあなたを」
 祖母はそこで言葉を詰まらせた。二度ほど呼吸を整える。
「愛していなかったなど、あるはずがないのです。愛するものの幸せを祈らないものはおりません。だからあなたはあの子のためにも幸せにならなくてはね」
 男の人が泣くのを見たそれが最初だった。

 一年後、わたしは洋を生んだ。

 幸せな日々はそれから三年ほど続いた。
 継子との確執もなく、それは穏やかな日々だった。
 洋は和さんをとても慕っていたし、和さんもまた洋を可愛がってくれていた。
 その仲のよさは、彰英さんがむくれるほどだった。
「洋はわたしより和に似ているね」
 うっかりと祖母の前でそんな愚痴をこぼした彰英さんが、「情けない」と祖母に散々叱られていたときは、かわいそうだけど可笑しいくらいだった。
 あたりまえですよ、あなたのような糸瓜(へちま)に似たんじゃ洋があんまり可哀そうじゃありませんか、と憤慨した様子で彰英さんを睨み、祖母は洋を優しく抱き上げる。
「ええ、ええ。本当に和さんも洋さんも、二人ともわたしのお母さまによく似ておいでよ。あら、でも洋さんの目元はお父さまに似ていらっしゃるかしらね」
 和さんと洋は彰英さんの血で半分が繋がり、残る半分は互いの高祖父母の血でつながっている。
 わたしは祖母に似ている。祖母がわたしを可愛がる理由もそこに在るだろう。そしてその祖母は曽祖父に似ていると言われてきた(言われてみれば、たしかに洋の目元はわたしに似ている)。
 そして和さんには瑞江さんの面影があり、その瑞江さんはその曾祖母、つまりわたしの祖母の母に生き写しだと言われていたのだ。
 祖母があれほどに瑞江さんを可愛がっていたのは、きっと亡き母に似ていたためだろう。
 洋をあやす祖母に、どうせわたしは糸瓜ですよと彰英さんがこぼす。会うたびに萎縮していた祖母に、彰英さんが憎まれ口を叩くことができるようになっていることも、わたしには嬉しいことだった。
「あら、糸瓜がお気に召さないのでしたら、瓢箪でもよろしくてよ。それにしても立派な駒が飛び出したこと」
 おほほほほ、と祖母が笑う。
 彰英さんによい感情を持っていなかった祖母も、少しずつではあったけれど、洋の誕生を境に彰英さんへの嫌悪を和らげているようだった。
 憮然とする彰英さんの隣で和さんが唇を噛んで笑いを堪えていた。
 それは本当に穏やかで、幸せに満ちた時間だった。

 どうぞ。
 どうぞこの幸せが続きますように。
 わたしは祈った。
 神よりも仏よりも、瑞江さんに。
 きっと聞き届けてくれる。
 だから和さんがいなくなったときも、疑問は尽きず心配もしたけれど、無事を信じることにしたのだ。

 それがどれほど傲慢な願いであったのか知ったのは、それから十年以上が過ぎてのことだった。