そは辰星の如くに― 花将 ―

 何事があった、とのアルデシールの問いに、留守中の指揮を預かっていた中将は答えることができなかった。
 物言わぬ骸となった中将に代わり答えたのは、アルデシールが隊から離れて以降、本隊から合流した准将だった。

「我々が中将閣下の預かる軍と合流を果たして間もなくことでした」
 周囲を固められ、息を潜めるように静かだったシェル・カン城に、突如騒がしい空気が漂った。
 エルディアが王女を逃すため決死の突撃をしかけるのではないか。
 そのように判じた中将は包囲を狭めるよう指示した。
 弓隊を前へ、槍隊は城門の左右へ回れ。
 その指示の最中、と准将は語る。
「不意に、城の南、市街の一角から炎が吹き上がりました。火は見る間に燃え広がり、遡る滝のような勢いで宮城へと流れました」
 驚いて見上げるキ・ファ兵の目の前で、宮城は黒煙に姿を消した。
「城の四門から、民があふれ出、その保護に追われる内に、雷の轟くような音が……」
 閃光を見たという者もいる。
 だが多くの者はそれを見る間もなく、爆風になぎ倒された。
 門の左右に控えていた槍兵の多くがそれに巻き込まれ、前列に並んでいた弓隊が吹き飛んだ。
 耳を貫く轟音の中で、いくつもの弓弦の切れる音が楽(がく)のように鳴った。
 一抱えほどもある瓦礫が、倒れた人々に降りそそぐ。
 砕けた門の下から何対もの手足が生えていた。何かを探すように蠢く手は、しかし空を掴むばかりだ。
 救え、と命じた中将は一隊を率いてその瓦礫を取り除きにかかる。
「中将閣下は」
 掘り出した幼子(おさなご)を抱き上げる。しかし再び起こった爆発で、子供もろとも四散した。
「北門を初めとし、東、西、南。次々に四門は崩れました」
 かろうじて脱出を果たしたわずかなシェル・カン市民とともに、生き残った兵は城から離れる。
 振り返ると炎は貪欲に城を喰らっていた。

 城市の内に取り残された多くの人々は生きながら焼かれていった。
 凄惨なまでの叫びは、耳を塞いでも防ぎきれなかった。
 その声は、言語の違いを超えて、キ・ファの兵をも打ちのめした。
 声が絶えるまで長い時間は掛からなかった。最初の出火から時を数えれば、小半時にも満たなかったろう。
 しかし人の声が途絶え、気がつけばそのわずかの時間で、キ・ファ軍は兵力のおよそ半数を失っていた。
 シェル・カンの民にいたっては、その九割以上が失われた。

「誓って申し上げますが、我らは決してシェル・カンを攻めてはおりませぬ。あのような」
 あのような、と言いかけ、まざまざと思い出したのだろう。准将は恐怖に痙攣する口元を押さえる。
「あのような惨い振舞いは」
 吐き気を催したのか、何かを飲み下す様子をみせた。
「わかっている」
 そのような無謀を、中将が許すはずも無い。
「殿下、まことに我らでは」
「わかっている。イーサは愚かではない。そして非道でもない。お前もだ。キ・ファの兵は故も無く民を殺しはしない」
 はい、はい、と子供のように頷いた准将の肩を軽く叩いてやる。

 陥すだけならば、火攻めがもっとも有効であったことは、アルデシールにもわかっていた。
 元が遊牧の民であるエルディアでは、城市の内に構える住居であっても古くからの慣習であろう、木材と皮革を用いたものが少なくない。
 宮城を取り巻くように建てられた官舎や裕福な市民の住居は、さすがに石で作られているものの、民の住居のおよそ半数には、そうした火に弱い建材が用いられていた。
 城壁の際は、燃えやすい住居で占められていると言っても過言ではない。
 城壁に沿うように建てられたこれらに火が放たれれば、城は窯と化し、城市に住む者は死に絶える。
 兵を使わずに街を壊すのであれば、もっとも簡単な方法だった。
 宮城を取り巻く街は炎によって失われ、しかし、石で作られた城市中央のさらに中心にある宮城は、焼け残る。
 たとえ煤で汚れ、煙に燻され、炎に熱されても、残るのだ。
 あとは石が冷めるのを待って、宮城へと乗り込むだけでよい。

 宮城に民を保護することもできただろうが、と、アルデシールは宮城を見た。
 遠く望む宮城の門は焦げた人影の向こうに固く閉ざされていた。
 助けを求める民のすべてを収容することは不可能だ。
 民の中に民を装った敵が紛れていないとも限らない。
 情け深いと伝え聞く王女が民の保護を求めても、周囲がそれを許さなかったのだろう。

 天上の宮とも謳われた城は爛れた姿を、暮の赤い光に晒していた。
 折り重なるように倒れる赤黒い死体を覆い隠すように、闇が足元から這い登る。
 しかし臭いまで隠すことはできなかった。

「シェル・カンはもはや存在しません」
 杯の底に僅かに残る酒を、アルデシールは啜った。
 随分強い酒だと思った。
 吐いた息は熱い。
 しかし心の底を冷やす闇を溶かすことはなかった。
 燭に赤く色付いた銅杯に、ふと思い出す。
 膝をついたまま、カルシュラートは城であったものを凝視していた。
 淡い髪が夕日を映して赤銅に染まる。
 座り込み、震える上体を辛うじて支えていた両腕が力を失う。
 伏すように、彼女は崩れた。
 結い上げた髪が崩れ、一部が砂の上に広がった。
 露になった首が、寒そうに見えた。

 それで、と兄に促され、口を閉じていたことに気づかされる。
 アルデシールは持ったままにしていた杯を卓に戻し、指を膝の上で組んだ。
「わたしがシェル・カンに着いたときには炎上からすでに一日が過ぎておりました」

 煤を纏い焼け崩れた城壁は、黄昏の空にその影を濃く描き出す。
 カルシュラートの保護を近くにいた兵に命じる。
 見るともなくそれを見ていた准将が呟いた。
「事故か策か、策ならば誰の案であったのか」
 意識して発せられたものではないだろう。
 己の所業ではない、別の誰かの企みであったのだと考えることで、この惨状から意識を逸らしたいのだ。
 手に取るようにわかるのは、己もそう思うからだろう。
「エルディアの策ではない。カルシュラート公の様子からも、それは確かだ」
「しかし、我らは」
 言い募る准将を制した。
「誰かは知らぬ。だが目的は明らかだ」
「目的……」
 アルデシールの言葉に、准将は縋るように目を向けた。問い直すそれは、決して礼に則った振舞いではないが、こんなときに礼を取りざたすのは滑稽だと思い黙認した。
「王女は生死不明、砦は焼失、エルディアの民にはキ・ファの暴虐が刷り込まれる」
 生き残った民は災禍の凄まじさを語るだろう。
 語る者は「キ・ファ」の名を出さずとも、聞く者はそこに「キ・ファ」の名を聞く。
 おそらくキ・ファの仕業だと、聞いた者が語れば、それをさらに聞く者にはまさしくキ・ファの行いであると聞こえる。
 キ・ファの所業かもしれぬ、が、キ・ファの所業だ、に変わるまでにどれほどの時を必要としよう。あるいは、数日で足りる。
「では、……あの者が知らされていなかった、とお考えですか。エルディアの……シェル・カンの王女の策であると」
「いや」 アルデシールは閉じられた門扉を指差した。
「閉じられている。敵が民に紛れていることを案じたからだ。己の策であるならば、外の敵を案じはしない。民のために宮城の門を開ける。救おうとした事実を作るために。だが、民は見殺しにされた」
 指され、そちらを見た准将の目に、燻された彫刻がごとりと倒れる姿が映った。彫刻だと思っていたそれが、門に縋った人の亡骸であったことに気づき准将は目を逸らす。
「ましてやこれほどの恐怖が主であるエルディアの策によってもたらされれば、民は王家から離反する」
「しかし」
「侵略者である我々か、追い詰められたエルディアか。惨禍をもたらしたと語られる主語が、どちらに転んでも損の無い者がいる」
「……ガラ国」
 それに答えようとは思わなかった。
 答えはこれを企てた者から得るべきである。
「で、御物の運び手を捕らえたなら、本隊に連れて戻るよう仰せになったのだな、陛下は」
 さらりと変えられた話題に、准将は戸惑いつつ「はい」とひとこと肯定した。
「捕らえそこなったなら、シェル・カンを包囲。援軍を待って攻城戦を行なう。その際には、王族の安否は問わぬ、と」
「さようでございます」
「では、カルシュラートは捕らえたが御物の運び手ではなかった。シェル・カン城はもはや存在せず、王女の生死は定かでない」
 さて、どうする、と問いかけると、准将は答えを探すようにその目を空に向けた。
 途方にくれた子供のようだった眼差しが、一転して武官のそれに変わった。
 わずかの間をおいて一瞬見開いた目に、沈む夕日が差した。
 ぎらりと硬い光を返したその目がアルデシールを見た。ごくり、と鳴らされた咽喉が飲み下したのは、先刻とは異なるものだ。
 視線で問われ、アルデシールは無言をその返答に替えた。

 ファル・カイズに指揮を預け、アルデシールは十数騎のみを引き連れティエル・カンの本隊へと駆け戻った。
 至急の援軍を要請するためである。
「ファル・カイズにはガライダル高原の北端に陣を設けるよう指示を、また途中サハンにて駐留するニ大隊のひとつをガライダルに向かわせました」
「よくわかった。だが、北端では備えとしては弱い。師団にはシェル・カン城址付近に砦を築くよう命じよう」
「資材が間に合いません」
「キ・ファが城を築くのに、石は入らぬ。材木があればよい。材木など、ガライダルにはいくらでもあろうよ。生木は扱いづらいができぬことではない」
 石材による建築がエルディアの粋であるとすれば、木材による建築はキ・ファの得意とするところだった。
 事実、キ・ファの都は木と土壁で作られている。
「幸いシェル・カンが火によって失われたばかりだ。たとえ木の城だろうと、輩めも再び火を放つわけには行かぬ。放ってもらえば、我々の潔白が明かされるだろうが」
 グァンドールは口元だけに笑みを浮かべる。
「そこまで愚かでもあるまい」
 ガラが二匹目の鰌(どじょう)を狙えば、それは自らの行いを告白するものとなる。

 詳細を語り終えた義弟を三度労い、下がって休むよう申し付ける。義弟は深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。御物を押さえることが叶いませんでした」
「カルシュラートが運んでいる、と思い込んでいたわたしの責任だ」
 他に適任があっただろうか、とグァンドールは思案したが、今となっては手遅れだった。
「ですが、王女も」
 アルデシールの言葉をグァンドールは遮る。
「かまわん。どうせシェル・カンは陥すつもりだった。手を汚さずに済んだのであれば、幸いと言うものだ」
 薄く笑ったグァンドールは、思い出したように問う。
「それで、アルデシール。カルシュラートはどうした」
「一の郭の官邸、その一室に篭めております」
「どのような者だ」
「どの……ような」
 問われアルデシールは考え込むかのように、首を傾げた。
「よい。王女の行方がわからぬ今、これ以上はない大事な手駒だ。礼は欠くな。丁重に扱え」

 畏まりました、と退室し、用意された部屋へと歩む。冷えた石の廊下の、その静けさが心地よかった。
 案内する小者の背を見ながら、アルデシールは考えた。
 どのような者か。
 先刻の問いを胸中で繰り返し、つかみ所の無い、とだけ思った。
 それは問いに対してであったし、問いかけの対象である人物に対してでもあった。

 案内された部屋に入り、あの濃厚な甘い匂いがしないことに安堵する。
 決して不快な匂いではなかった。花の香りによく似ている。にも関わらず、あれにはシェル・カンで嗅いだものと通じる何かを感じた。
 ただいまお食事をお持ちいたします、との小者の声に、鷹揚に返す。
 すでに部屋に通されていた従者に剣を預け、軍装を解く。革冑の重さから解き放たれ、アルデシールは長椅子に寝そべった。
 天上を見上げ、気付く。細かな装飾が施されている。抽象化された花と水、その中に紛れる鳥の浮き彫りに胸が痛む。
 神殿でさえこれほどものであったなら、宮城はさらに見事であったろう。
 エルディアが世界に誇った二つの城は、共に失われた。
 無念に思った。
 アルデシールの育ったバルクは、エルディアとの国境に近い。
 いや、時にランガと呼ばれ、またバルクと呼ばれるその地域には二つの国の文化と習慣がともに生きていた。
 現にグァンドール家は曽祖父の代まではランガ守護公に仕えるエルディアの貴族であったのだ。
 キ・ファ国を主としたその心がけを買われ、祖父はその嫡子――アルデシールの父である――の妻に公主を迎える誉れに預かった。
 それが、グァンドールの悪夢の始まりでもあったのだが。
 もし、祖父が、キ・ファ国ではなくエルディアと共に生きることを決意していたなら。
「であれば、カルシュラート公は私の主筋にあたる、か」
 アルデシールは軽く目を閉じた。
 まなうらに蘇ったのは、灯火を思わせる黄金色の目だった。

 耳の奥で血が引く音を聞いた。食いしばった歯が、ぎりりと音を立てた。
 引いた血は気泡を含み、足下から一気に身を駆け上る。やがて頂に達したそれは、髪をざわめかせた。
 その感覚はひどく怒りに似ていたが、同時に恐怖にも似ていた。
 踏みしめた足元の砂が鳴る。
 冷たい汗が、背を伝った。
 震える唇からこぼれた息が、白く大気を濁らせた。

 探していた品は荷の中になかった。
 地面に散乱する荷の中身は皮袋に入れられた水に食料、寝具を兼ねる外套と簡素な着替え、わずかばかりの路銀だけだ。
 謀られた。失敗した。荷を見失った。
 渦を巻き、眩暈を引き起こす感情のすべてに蓋をするために、彼は一度目を閉じた。
 浅くなる息を、意識してより深く吸った。乾いた冷気に額の奥が痛みを訴える。
「どこにある」
 抑えようと意図したわけではなかったが、その声はひどく低く、口調は著しく平坦になった。
 眼前の人物は、しかし怯えた様子をまったく見せない。
「『王都』シェル・カンに」
 淡々とした応えに、頬を打ち据えたい衝動に駆られた。かろうじて拳を握り堪える。
 気を落ち着けるため、再度深く息を吸う。時間をかけて吐いた息は昂ぶった気を僅かに鎮めた。
 その息と重なるように、ガライダル山脈に当り吹き返す風が通り過ぎる。凍えた砂が舞い上がった。
 袖で目を庇い、皆が瞼を落とす中でもその将は目を閉じなかった。だが、その視線はあまりにも遠い。
 敵中に捕らわれていながら静かに過ぎる表情は不可解であったが、疑問よりはまず不快がこみ上げた。
 それは先刻の怒りよりも深く、心中を染め上げる。
 我らが眼中に入らぬのであれば、無理にでも見せてくれよう。
 抜かぬまま剣の鞘でその顎を捉える。乱暴な動きに、剣帯の金具が硬い音を立てた。
「カルシュラートの姫君」
 あえて官位ではなく、爵位でもなく、そのように呼びかけた。王族なればこそ、身の安全が保たれているのだということが、これでこの女にもわかるはずだった。
 縛められ砂上に座らされた女は、両肩を動かせぬよう左右から二人の兵士に抑えられている。前かがみになった上体に対し、鞘で無理に首を上げられたことで背が弓のように反る。かけられた縄はぎしりと嫌な音を立てて女の腕にきつく食い込んだ。
「あなたでないのなら、誰が持っている」
「女王陛下がお持ちでしょう」
 合わされた目にも、何の感情も見ることができなかった。恐怖はもとより、苦痛、あるいは焦燥さえ存在しない。
 苛立ちは募った。
 こうしている間にも、シェル・カンの王女のもとに戴冠に必要な品々が届けられているかもしれぬことを思うと、ここで問答を重ねる時間が惜しまれた。
 だが、シェル・カンの王女に「何事か」が起これば、この女がエルディアの王族のただ一人の生き残りとなる。
 殺すわけにはゆかぬ。
 努めて冷静にあろうと、思考をめぐらす。
 捕らえていた顎を離し、鞘を腰に戻した。
 支えを失い、カルシュラートの首が下を向く。右側から彼女の肩を抑える兵士が左手で、その前髪を引き掴み、再び首を持ち上げる。
 それでも女は声をだすことはおろか、苦痛の表情を浮べることもなかった。
「やめよ」
 静かに命じ、両肩を抑えている兵を下がらせる。
 下を向くカルシュラートの白い頸部を見、なんとか口を割らせることを模索する。
 アルデシールは片膝をつき、視線を同じくした。
「荷の運び手とその道筋をお教えいただければ、御身の無事は保証しよう」
 答えねばどうするなどと無粋な言葉を重ねる必要はない。
 いや、言わぬからこそ、その恐怖はカルシュラートの中で肥大するはずだった。
 よしんば恐怖には屈しないとしても、希望の前に人は容易く膝を折る。
 救いの手を退けて志を貫くのは容易ではないのだ。
「単騎、我らと戦ったあなたの勇(いさお)を表して、決して御身に危害を加えぬことをお約束する」
 カルシュラートの唇がかすかに震えた。
「あなたの戦は終わった。これ以上強情を張り、命を無駄にすることはない。それとも捨石の身に、甘んじると?」
 カルシュラートが見せた変化に、言葉を重ねる。しかし、
「アルデシール殿」
 女の声からそれまでのたおやかな響きが消えた。
 見事な金色の虹彩に彩られた漆黒の瞳が、怒りのためか大きく開いていた。
 黒い鏡と化した女の目に映りこむ己の姿に、アルデシールは明らかな怯みを見る。
「よく覚えおかれませ。我が身惜しさに国を売る。それをわが国では勲(いさお)とは申しませぬ」
 刃で断つような返答だった。
「国のため、民のため尽力するは、武人の、また王に連なる者の務め。そして誉れでもありましょう。それを捨石とは」
 キ・ファの青宮は国の礎となる者を、捨石とお呼びになられる。なんとまあ、憐れなこと。
 艶めいた、しかし棘のある笑い声に思考がかき乱された。
「礎が石くれでは、なかなかに脆くてございましょうね。胸中お察し申し上げます、青宮殿下」
 黙れ、と、苛立ちに任せ後からカルシュラートの頭部を打とうとした兵の鞘を、アルデシールは咄嗟に自らの腕で防いだ。
 鈍い衝撃と痺れを感じたが擦ることはせず、彼は兵を窘めた。
「短慮を起こすな。その剣は捕虜を殴るために拝領したものではあるまい」
 だがその言葉は、半ば以上自らに言い聞かせるためのものであった。
 わずかの間、無言で女を見る。いや、形として無言で対峙することになったがそれは結果であり、それはアルデシールの意図したところではなかった。
「残念ながら脆くも滅ぼうとしているのは、姫君。あなたの国だ」
「わが国を貪った者どもも、そのように申しました。『だが、残念なことに滅ぶのはあなたの叔母だ』と。その末路は殿下もご存じでございましょう?」

 たかが小娘と侮っていた。ファ・シィンの娘ともてはやされるだけの、お飾りだと思っていた。せいぜい人よりも上手く槍を扱える程度の、ファ・シィンの雛形に過ぎないと思っていたのだ。
 なるほど、ファ・シィンの娘、か。
 まなうらに蘇るその姿。
 かつて見たファ・シィンとその容貌に似たものはない。
 髪の色も、目の色も、顔貌までエルディアの生粋を示したファ・シィンに比べると、カルシュラートにはバルクの民の血が流れていることが容易に窺えた。顔立ちもエルディアの民よりはいっそキ・ファの民に似ている。
 だが、あれは確かにファ・シィンの「娘」だった。