第六章 選択の時 (1)

 副長に撤収の責任を押し付け、王虎は、塞の入り口、瓦礫の山を登り始める。
「じゃ、気ぃつけて帰れや」
 ふりかえり部下に手を振った王虎は、塞の3階にあたるだろう位置の壁を思い切り蹴り飛ばした。ボール紙のように空いたシェルターの壁穴をくぐり、中へ入る。
「おどかしてすまねぇな。邪魔するぜ」
 運悪くその部屋で寛いでいた非番の男数人は、何が起こったのかわからないままに殴り倒され、打ち所の悪かった一人が、この世から引っ越して行った。

「連絡が入りました」
 石涼が手首の通信機の反応に目を留めた。
「中央管制室の制圧が完了したようです」
「なによ、あたしが我慢してコソ泥の真似事してるってのにその間に終わっちゃったの? 冗談じゃない。どうしてくれんのさ。ここまで来て」
 声を荒げた日烏に、石涼が微笑んだ。
「初陣の二人にそこまで求めるのは酷ですよ。あなたのためにとっておけるほど、器用じゃありません」
「二人?」
 日烏が眉をあげる。その親玉はどうしたと言わんばかりの表情に石涼はもう一度笑った。
「連幸は雍焔を仕留めに向かったようです」
 ああ、そう、とだけ答えた日烏に今度はジェスが首を傾げる。
「……蛍は」
「白狼と一緒だそうです。あの子が白狼相手に遅れを取ることはないでしょう。周りに人がいなければ、蛍を演じ続ける必要もないわけですから」
「人がいなけりゃね。それと下手に情けをかけて手加減しなきゃ、だけど」
 日烏の指摘に石涼がなるほど、というような表情を作った。
「それでもまあ、死ぬことはないですよ」
「死ななきゃいいってもんじゃないって、あたしはあんたにも言わなきゃならないワケ?」
 不機嫌を隠そうともしない日烏を、まあまあ、と石涼がなだめる。
「白狼を抑えておけば、白王獅子で逃げ出されることもある程度抑えられますから」
 ま、たしかにね、と日烏はあっさり頷いた。
「あの子とまともに勝負するのは白狼だってごめんでしょうよ。あんたは平気みたいだけどね」
「ご冗談を。まともに勝負したら解体されてしまいます」
「解体されたって、どうってことないだろ。組み立て直せばいいんだからさ」
「解体されるのはどうってことありませんが、問題はその後です。組み立てをあなたにお願いしなくてはならないのはご遠慮したいです」
 言いながら、角に隠れていた待ち構えていた敵に、視線さえ与えぬまま肘鉄、ついで手首で顔面を抉る。
「言ってくれるねぇ」
「医務室は地獄の一丁目、でしたっけ」
 容赦ない二撃を喰らった敵は呻く間もなく床に倒れこむ。口から流れる血の色に、内蔵をやられたらしいことが見て取れた。
「石涼……君もドールか?」
 問いかけに石涼は微笑む。
「似たようなものです。それでですが、早速ブロックごとに分断したようです。ただし管制室までの経路には蛇蝎の巣が散在しているそうです。掃除が行き届かなくてすみません、とのことです。二人の負傷はかなりのものだと思われました。心拍数も呼吸数も乱れて一定していません。墜落のときにおった外傷が原因でしょう。だから、管制室を抑えるだけで手一杯だったようです」
 つまり、塞内に残っている敵戦闘員の居住区を片付けながら通り抜けるしかないらしい。
 それをきいて日烏の金色の目がひときわ強く輝いた。
「いいじゃないか。最高だねぇ。思う存分、蛇蝎踏みができる」
「遊ぶのはほどほどにしてください、日烏。早く二人を診てやらなくては」
「わかってる。それじゃ、急ごうか」
「蛇蝎って何?」
 エリシュシオン語に不慣れなジェスは訊ねる。
 日烏が短く答えた。
「おもちゃ」
 先頭をあるく日烏の足取りは軽い。楽しげな歩調は、久々の外出によるものだろう。しかし外出の目的を思うと、なんと似つかわしくないことか!
 ジェスが軽くため息を吐いたときだった。
 蛇蝎の集団と遭遇する。
 前後を阻まれ足を止めた三人に、蛇蝎のひとりが言う。
「テメエら、何者だ!」
「この状況でその問いに何か意味があるのでしたら、ぜひご解説願いたいものです」
 にこやかな石涼の表情と口調の親しげな様子に、言葉本来の意味を図りかねたのだろう。蛇蝎たちの眉がいっせいに顰められ、静寂が廊下を包む。
 数秒の経過。やっと意味を解したらしいひとりが叫んだ。
「なんだと、このやろう」
「どう思います、ジェスさん? 素晴らしく、無意味な発言だと思いませんか」
 振りかえりジェスに問いかけた石涼の背後から、蛇蝎が襲い掛かる。
「馬鹿にするんじゃねぇ!!」
 身構えるジェスとは逆に、
「あらためてしなくても最初から馬鹿でしょう」
 石涼は言って二歩後退する。道を明けられた日烏がとおるその声で宣言する。
「ボウヤはすっこんでな。全部あたしが貰った!!」
 その剣幕に、ジェスは反射的に動きを止めた。同時に後ろから掴みかかられる。対処に躊躇したジェスの髪を掠めて、日烏の放ったナイフが飛ぶ。はらりと落ちる金色の巻き毛一房。背後に立つ敵の眉間に突き刺さるナイフ。即死した男の体重が、ジェスの背にかかり、ずるりと滑り落ちた。
 右手に構えたナイフをちらつかせて、日烏は蛇蝎を挑発する。
 間合いにおびき寄せて、一人目の首を真横に引き裂いた。引き裂いた瞬間、体が開いた日烏に正面から組み付こうとした二人目の腹に彼女は蹴りを入れる。前かがみにバランスを崩したその頚椎に逆手に持ち替えたナイフを両手でつき立てた。左手で抜き取ったナイフは、振り向きがてら、まるでついでのように左側面の三人目のを右眼を突き潰す。眼窩を支点に反転すると、日烏のナイフは右側面の男の首を切る。身を沈め、右腕の下から投げられたナイフは回転しながら右肩の上で待っていた日烏の右手に握られる。右後方から襲おうとしていた男がそのナイフに牽制される。一瞬動きを止めた敵の胸元に飛び込むと、左胸を下から突き上げるように刺す。
 抜くと同時に吹き上がる血を、バックステップでかわす。
「お次は?」
 飛び散った鮮血を、わずかに受けた日烏が笑う。
 浮き足立った残りはすでに敗走の気配を見せている。二歩、三歩、と後に下がる。四歩目には堪えきれなくなったのだろう、背を向けて走り出す。
 だが、見逃すわけにはいかない。
 まだ序の口で気付かれたのでは話にならない。
 追おうと体を動かしたジェスは石涼に肩をつかまれた。と、逃げようとしていた男たちが立て続けに倒れる。
「何が」
 見ればその首の付け根にナイフが深々と突き立っていた。
 振り返れば、日烏が一本残ったナイフを投げては受け、遊んでいる。
「お見事」
 石涼が手を叩く。のんきなものだ。
 しかし手品のように右手から左手へと一瞬で移動するナイフに翻弄され、蛇蝎8匹が全て床に倒れるまで、時間にして40秒。
「いつみても惚れ惚れしますよ、日烏」
「ありがと」
 その感想に、違和感を覚えながらも、巧みなナイフさばきにジェスも感嘆のため息をこぼした。
 日烏がジェスの背をぽんと叩く。
「レトロでも、充分役に立つだろ? ゲリラ戦にはこれで充分。ナイフが適さない状況なら、白兵戦をするだけ馬鹿ってもんさ。その場合は敵の要塞ごとミサイルで吹き飛ばすほうがいい」
「たしかにね」
 まさに、日烏の言うとおりだった。
 それはジェスが一夜漬けの連中に教えた最初の戦法にも共通する。
 駆引きに不慣れ、つまり白兵戦の経験が少ない彼らにもっとも適した方法は、遠方からの狙撃。
「そうそう。何も相手にあわせてやる必要はないんだ。それに最終的に趨勢を決めるのはココ。ここの出来が悪いとまず成功しない」
 そういって自分の頭をさす。
「それから、もうひとつ挙げるなら、ここね」
 そういって、とん、とジェスの胸を人差し指で突いた。
「度胸のないヤツは、何をやってもダメ」
 覚悟はいいかい、と問われ、ジェスは肩をすくめた。
「で、ありたい、とは思ってる」
「それで十分だよ。さあ、行こう」
 石涼が回収した花束のようなナイフをベルトに戻す。どこに何本さげているのだろう。
 片付け終わると血に濡れた床を踏み越えて日烏は進む。その背を見て石涼が言った。
「ジェスさん、日烏は強いです」
 優しげに細められた眼差しは、子を見る親のものに似ている。
「ご覧なさい。すべて一撃で仕留めています」
 倒れた敵は、皆一刀のもとに絶命していた。
「本来であれば、生皮をはぐように晴らしてもいいでしょうにね。彼女は恨みや憎しみに判断を惑わせることがない」
「え?」
「強いのです、彼女は。そして賢い。今何を優先すべきかを、知っている。……それ以上に、優しい」
 石涼は穏やかに微笑みながら、足を挙げた。足はひとりの頭の上に置かれる。そして華奢なグラスを踏むように、その頭は砕かれた。目や鼻から飛び散った脳と脳漿に、ジェスは反射的に目をそむけた。
「これは彼女の手足をもいだ男です。今は潰れた別の組織にいたのです。わたしに任せてくれたなら、こんな風に簡単には死なせなかったのですが……日烏にとっては、もはや囚われる必要のない過去となっているのでしょう。わたしの気は晴れませんが、日烏がそれでいいというならその決断に敬意を払います」
 それで、あなたは、どうです、と尋ねられ絶句した。
 過去は過去として折り合いをつけられるのか、今やらねばなることを選べるか、と、変わることのない笑顔で石涼の目が語る。
 うろたえたジェスに、石涼はその微笑を消す。温度を感じさせない顔がそこにある。
「お答えは今すぐでなくとも構いません。ですが、可能なかぎり早めにお決めになるほうがよろしいかと」

 結局三人で九つの蛇蝎の巣を蹂躙し、管制室にたどり着いた。
 日烏は胡蝶らとともに残る。
「ジェス。まだ迷ってる?」
 かけられたことばに立ち止まったジェスは振り返らずに答えた。
「……迷うと思う」
 先刻の石涼の問いかけが重く圧し掛かっていた。
 日烏が歩み寄る気配に、しかし振り返る時間は与えられなかった。背から腕が体に回される。
「そう。じゃあ、迷いたいだけ迷えばいい」
 思いがけないことばと仕草に驚いて、自分の肩越しに日烏を振りかえる。
「メニューなんてウェイターが訊きに来れば、イヤでも決まるものさ。そこで決められなければ食い損ねるだけ。どうってこたぁないよ。気楽にね」
 それからぽんぽんと後から軽く頭をはたかれた。体を離した日烏が管制室の椅子の背に軽く腰を降ろす。
 体ごとそちらを向いたジェスに、日烏は、ナイフを一本放った。
「あ、あぶないよ、日烏」
 耳元を掠めて管制室の出入り口に刺さったナイフをジェスが抜くのを待って、日烏は言う。
「持ってきな。役に立つよ」

 石涼の戦いをジェスの隻眼で追うのは難しかった。
 自身が敵と相対しているということを差し引いても、難しい。
 動きの緩急の差が激しく、見た影像を脳が処理しきれないのだ。動きを止めた瞬間の残像だけが、見える。
 それは繋ぎ合わせた映像のようで、見ていると乗り物酔いに近い感覚をおぼえはじめる。
 翠燕の言うように、石涼に攻撃を当てられる者はなかなかいないだろう。
 至近距離であれば、銃でさえ仕留められるかどうか。
 構え、照準を合わせ、トリガーを引く前に、おそらくは死んでいる。
 遠方からの狙撃、もしくは自爆でもない限り、彼が倒されることはないだろう。
 手足がいくつもあるのではないかと思うほどの速さだ。
「ジェスさん」
 そして満面の笑顔。
 ナイフを握る男の手首をひねり上る。関節が外れたのか、ありえない方向に腕が曲がる。掴みかかってきた別の男は、石涼の蹴りに歯をまき散らしながら吹き飛んだ。
「調子、でてきましたね。よかった」
 裏拳で蛇蝎の顔を陥没させながら言う台詞ではない。
 開いた体に突撃する敵の頭を両手で挟むように打つ。脳震盪を起こしたのか――脳挫傷かもしれないが――敵はあっけなく足元に蟠る。
 苦笑を返し、ジェスもまた、蛇蝎の腹に膝蹴りを入れる。
 呻いて身を折り曲げたそいつの首へ、握り締めた両手を打ち下ろす。
 なぜ、戦うことができるのか。
 疑問に思う暇もなく、沸くように現われる敵を叩きのめしてゆく。
 ただひとつ、確実にわかったのは。
 予想外に派手な石涼の戦いに引きずられ、いつの間にか自分も戦いを楽しんでいるということ。
 それは体術を中心とした血を流さない戦いだったからかもしれない。
 で、あるならば、彼と日烏がジェスにつけられたのは、配慮の上のことだったのだろう。
 その配慮が誰のものであるのか。
 翠燕か。
 作戦の成功のためだろう。だが、その成功はジェスのためでもある。
 そのために掌中の珠とも言える斐竜さえも、危地に置かせた。
 俺だけが迷ってなど、いられない。
 そう思った。

 女と戯れていた雍焔が、管制室をのっとられたことに気づいたのは、石涼とジェスがその場に乗り込んだ後だった。
「野暮なやつらだ」
 そう笑った雍焔に、石涼が一歩前に出て頭を下げた。
「申し訳ございません。お取り込み中、大変失礼をいたしました」
 唇をかみしめたまま歌姫を見つめるジェスに交渉は不可能と判断したからだろう。
「ほ、愉快なやつだな、おまえ」
「おそれいります」
 起き上がった雍焔が、衣服を軽く正し、石涼の目の前に立つ。歌姫は乱れた着衣を正すこともせず、敷物の上にしどけなく寝そべったまま、3人をのんびりと眺めた。薄物から透けて見える肌を隠そうともしない。いっそ楽しげに、男たちを眺めやり、枕元におかれたカットグラスのデカンタからグラスに酒を注いで飲んでいる。
「が、俺は李のヤロウに、来いと言ったんだぜ?」
「代理は立てかねると、依頼主がおっしゃいましたので」
「そいつは殊勝な心がけだな」
「お約束どおり、お伺いいたしましたので、歌姫をお返し願えませんか」
「さあて、どうするかな。残念ながら俺の一存では決めかねる。本人に聞いてみてくれ」
「一緒に来ていただけますか」
「遠慮するわ。手ぶらでお帰りいただくのは心苦しいのだけれど。ああ、そうね。こういうのはいかがかしら? わたしが行くのでなくて、ここにあなた方が残るの。お嫌?」
 からかうような口調には、真実ここにとどまることを期待しない響きがあらわだった。
「そうですか。残念です。では、無理にでも来ていただきましょう」
 言い終わると同時に石涼は歌姫を引きずり起こし、その腕の中に、まるで砂袋を抱えるように捉えた。その扱いは少なくとも、男が半裸の女を扱う動きではない。しなを作ってもがこうとした歌姫がそれに気づき動きを止めた。小脇に抱えられたまましばし石涼の顔を見つめたのち、歌姫は、どうしましょうね、とでも言うかのように雍焔に笑いかけた。
「まあ、人の話は最後まで聞け」
 雍焔が手元の小さなカードを指していった。
「これはなあ、むかぁしのWS政府が非常時用に作ったコントロールだ。中央管制室の制御をを失ったとき、つまり、相手に攻め込まれたときに威力を発揮する。これを動かす。どうなると思うか? 30分後にはここは火の海よ。へへへへへ。まとめて丸焼きにしてやる」
「自爆ですか。なんと愚かしい。目的の翠燕さえ、ここにいないというのに」
「愚かしい、確かに自爆なら、な。だが、俺は脱出する。どうやってか……わかるだろ、あの船さ。あの白い船があれば、この谷に用はねぇ。この星の外に出られる。どこかの街で、この焼けた体をつくろってのんびり暮らすぜ。この姫様となぁ。そのためなら、恨みのひとつくらいは忘れてやってもいいさ。で、もう一度聞く。一緒に来るか、それともここに残るか」
「どちらもお断りです」
「まずいっ。石涼、避けろ!!」
 ジェスが叫ぶと同時に、石涼の姿が爆風に巻き込まれた。腰につけていた彼の銃が暴発したのだ。とっさに身を伏せて、ダメージを最小限に抑える。
「ジェス。また、ね」
 軽やかな笑い声と共に、ユリアの気配が遠ざかった。煙に咳き込みながら起き上がったジェスは石涼の姿を探す。部屋の反対側まで吹き飛ばされたその体を見つけた。
「石涼。大丈夫か」
 そんなはずもないだろうに、切羽詰ると紋切りなことばしか出てこない。
 傍らにひざまずき抱き起こす。二度三度咽た石涼は、目を開ける。その、瞳の色に覚えがあって、ジェスはぎょっとした。
「大丈夫ですよ。ご心配には及びません。頑丈だけが、取り柄です」
 ジェスの手を押し下げ、何事もなかったように起き上がった石涼は、服の埃を手のひらでぽんぽんと払った。その右わき腹は大きく欠損している。しかし、流れ出るはずの血は一滴たりとも見られない。
 半ば以上呆然としながら、その動きを目で追ったジェスに、それは穏やかに笑う。
「C-lion型サイバノイドSZ-4。あなたは、ご存知ですね、ハンターJ」
 ただの市民なら、いざ知らず、と続けられる。
「C……リオン型サイバノイド……テラ最強の近衛兵」
 呟いたつもりはなかった。だが、声として出された思考を自分の耳で再度聞く。
「そう。わたしは戦闘用サイバノイドです。この程度のことで壊れることは、まずありませんから、どうぞご安心を。それにしてもとうとう実用化されたのですね。わたしが現役だった当時はまだ標的を絞ることができず、実戦に用いることはできなかったのに……いえ、あの巨大な照準機さえ設置できれば使えたのでしょうが。人でなくて良かった。もし人だったら、たぶん、内臓が液状化していたでしょう」
 にこやかに笑ったその頬の皮膚が一部剥げ落ち、その下の組織がのぞく。鈍い銀色の輝き。明滅する光。瞳を覆っていた偽装カバーも吹き飛んでしまったのか、右目だけ白金の虹彩に真紅の瞳へと変化している。その虹彩には、テラの識別番号が刻まれているはずだった。
 それは人の形を持つ鋼の擬似生命体。テラ・システムが連邦市民の保護と監視のために作り出したCHILDRENと呼ばれるもののひとつ。特にその存在を秘される兵器だった。
「……どうして、ここに……」
 ではAGはユリアをどうあっても回収するつもりなのだろうか。そして暗殺者に仕立て上げるのか。
 全身を震えが這い登った。
 C-lion型のサイバノイドを相手に、人が敵うはずがない。
「ユリア」は回収される。俺にそれを止めることはできない。
 怒りなのか、怖れなのか。奥歯がカタカタと小さな音を立てる。
 だが、俺はユリアを渡すわけにはいかないのだ。
 たとえ命を落としても、諦めることはできない。
 決意の中で抜いたフレイアが、おもちゃのようにC-lionに取り上げられる。
 いや、いつ取り上げられたのかさえ、わからなかった。気がつけば自分の手は空を握り、それの手にフレイアがある。
「だめです。あなたにわたしは撃てません」
 わずか微笑んで、それはフレイアの銃口をジェスに向けた。