第4章 一日千秋 (4)

 日烏と石涼をつれた翠燕が会議室に入ってきた。
 彼らが蔡氏を街まで送り届け、戻ってくるまでの1日半。
 ジェスはただ無為に過ごすこともできかねて、手伝いを申し出た。が、
「足手まといにならないよう、体を解しておけ」
 翠燕の正論だが胸に刺さる一言で、その申し出は却下され、同じくヒマを持て余していた王虎に、身柄を預けられてしまった。
 そこで斐竜と一緒に適度な運動という名のバトル・ロワイヤルに参加していたのだが。
 体が、頭が、重い。照準を紙一重で見誤るのは、隻眼に加えて体内に残留する酒のせいだろうか。
 午後の日差しの注ぐ中庭は、まるでコロシアムのようだ。ぐるりと庭を囲む窓から、興味深げな視線が何対か注がれている。
 斐竜の蹴りをかわし、その足首を右手でつかんで手元に引き寄せようとする。と斐竜はジェスにつかまれた足を軸にくるりと回転し、ジェスの側頭部に再度踵で蹴りつける。すんでのところで右手を離し、左腕で頭をガードする。蹴りを受けた左腕に痺れを感じるまもなく、左足を解放された斐竜がジェスに今度は足払いをかけた。バランスを崩したジェスと、足払いをかけたため体勢が低く沈んだ斐竜に、王虎の一撃が迫る。
 中る。
 その瞬間、斐竜の体が溶けたように流れて、王虎の拳を両手でつかむとそのままとんぼ返りをうった。
 遠心力で王虎の体が浮く。浮いたまま、数歩先に投げられ、背中から王虎は地面に落ちた。
「なんか、切れが悪いよね。もしかして、具合よくない?」
 王虎を投げ捨てた小柄な少年が、ジェスを振り返る。
「手加減はいらねぇぞ」
 身を起した王虎が立ち上がりながらジェスにそう声をかけた。
 二人のことばにも苦笑しかできない。
 自分でも上出来とは言えない。
「ごめん。そんなつもりはないんだけどな」
 この2ヶ月、逃げ回る一方だった。緊張はたしかに疲労を助長し、その面でもたしかに万全の体調とは言いがたい。
 身内であったはずの追っ手から逃げるだけの生活は、確実にジェスの気力体力を殺いでいたのだ。
 自覚していたよりもよくない状態を知り、ジェスはため息をつく。
「そっか。大変だったんだね。大丈夫、今度のミッションは一人じゃないから」
 それだけを言い、斐竜は王虎に命じた。
「王虎、2対1にしよ」
「2対1? 冗談じゃねぇ。こっちが解体されちまわぁ」
「違う。王虎と、ジェスで組んで。俺は一人で大丈夫」
「大上段に構えやがる」

 そして。
 息が上がり、ジェスがついに降参したところで、会議の召集があったのだ。
 ちなみに王虎はジェスが降参する2分前に、左足の膝関節をはずされて戦線を離脱していた。

 会議の出席者は幹部7名、加えて今回のオーナーであるジェスの8名だった。
 蛍が会議室に隣接する給湯室から、お茶を運んでくる。点心がついているのは、皆仕事が忙しくろくに食事をしていないためだろう。小さめの一人用の蒸篭には、大きめの肉粽が二つ入っていた。船内で弁当を食べたから、と遠慮する日烏と石涼の分は、当然のように王虎の前に移動する。
 大きな楕円のテーブル。席は上座から順に、斐竜、翠燕、連幸、ジェス、石涼、王虎、日烏、白狼である。出された青茶で口を潤しながら、ジェスは一人一人の様子を観察していた。
 まだ、昨夜の酒が残っているのか、なんとなく、頭痛めいた感覚を覚えるジェスだが、残る七人にその様子はない。斐竜は一滴の酒も口にしていなかったし、白狼は宴には参加しなかったのだから当然だとしても、無表情のまま無言で蒸留酒を水のように飲んでいた翠燕も、お茶でも楽しむようにあれやこれやと勧められるままに飲んでいた連幸(花散里)も、飼い葉桶のような杯で馬のように飲んでいた王虎にも、二日酔いの様子は見られなかった。街までの送迎をした石涼や、助手とはいえ執刀に立ち会った日烏は言わずもがな、だ。
「弱いつもりはなかったんだけどな」
 つぶやきを聞きとめたのか、蒸篭を運んできた蛍が首をかしげた。
「あ、いや、みんなお酒に強いんだなって、こと」
 昨晩の宴で、蔡氏の傍らで酌をしていた蛍にそういうと、了承したのだろう、蛍は小さく頷いた。それから、何か気がついたように一度瞬きをすると、一礼しジェスのそばを去った。
 何か、またおかしなことでも口走ったかな、とその後姿をジェスは見送る。と、給湯室に消えたと見るや、すぐに蛍は戻ってきた。
「ディーン様」
 小さな声で少女は湯飲みを差し出した。
 湯呑みの中の液体は、褐色を通りこして醤油色だ。一瞬コーヒーかと思ったのだが、それにしてはやけにとろりとしている。お茶か、スープか。いや、これは飲み物なのか?
「これは?」
「黒茶……後発酵茶をベースに、いくつかの植物をブレンドした薬湯ですよ。多少は楽になると思います」
 隣に座っていた連幸が二人のやり取りに気付きジェスを振りかえった。蛍に代わって答える。
「へえ」
「何がブレンドしてあった? 蛍」
「……薔薇と菊、それから、薄荷です」
「そう。ただし、この場合の薔薇は」
「ハマナスの花です」
「効能は?」
「二日酔いの軽減。……胸焼け、胃痛の緩和、だるさを取り除き、眠気を払います」
 答えた蛍に、連幸はにこりと微笑む。
「そう、それから、食欲の増進。よし、よくできました」
 合格、と蛍を誉める。誉められた蛍は、一瞬表情を輝かせた。
 そしてジェスと連幸の双方にお辞儀をし、奥へと下がる。
「そんなにはっきりわかるか? 二日酔いだって」
「そりゃ、プロですからね。俺は」
 と連幸が笑う。
「そうか。そうだった」
「律儀に全部飲んでましたものね、ジェスさん。大丈夫かな、とは思ってたんですけどね。とめられませんでした。すみません」
「勧められると、ついね。断るのは悪いような気がするんだ。全く呑めないなら、断りようもあるんだけどなぁ。君もだろ、連幸」
「そうでもありませんよ。実は、適当にごまかして、さほど飲んでないんです。実質は最初に受けた杯に続いた4,5杯と、そのあとは2,3杯でしょう。たぶん、ジェスさんの4分の1くらいしか飲んでません」
「そうなのか? 俺はてっきり……」
「毎日毎晩酒席に侍ってるのに、勧められるままに飲んでいたら、ひと月もたたないうちに肝硬変で死んじゃいますよ。そうでなくたって肌荒れするし、太るし。かわせる杯は受けないに限ります。飲みたいときには一人で飲む。これが酒姫の鉄則。まあ、プライベートな時間にまで、飲みたいなんて、なかなか思いませんけど」
「はは、なるほど」
「まだ少し準備に時間がかかるようですし、ね。寛いでいてください。五分もすれば、効いてきますから」
 そう言って連幸は渡された資料に目を戻した。
 湯飲みの薬湯をゆっくりとすする。花の香りと薄荷の清涼感、そしてさっぱりとした歯切れ良い薬湯が、ジェスの胃を洗う。
 心なしか胸焼けが収まったジェスは、湯飲み越しに再び周囲を見渡した。
 連幸が資料に目を落とすなり、斐竜は何事か話しかけている。斐竜の右隣の翠燕は腕を組み、目を閉じたまま何事か考えている。果敢に話しかけていた斐竜も、無反応な翠燕と話すより、応答してくれる連幸と話す方が楽しいのだろう。連幸は資料を確認しながらも、時折顔を斐竜に向けて、相槌を打っていた。一度だけ目を開けて、その様子を窺った翠燕は、特に何をするでもなく、再び思考の中へと帰るべく目を閉じた。石涼は会議の資料の最終チェック、王虎は先刻斐竜に外された左膝の様子を日烏に診てもらっている。事情を話すや否や、日烏の拳骨が王虎の右頭部に見舞われる。あいかわらず乱暴なやり取りだ。白狼は白王獅子の部品を眺めては考え、考えては眺めていた。
 確かに、白狼が見つめるその破片には、遠目にも不自然な点がいくつかあった。
 日烏が指摘したように、砕けているのに、焼けた気配のない欠片。
 なぜなら、と考え始め、不意にこみ上げた不快感に、湯飲みのお茶を一息に飲み込んだ。
 一息に飲み込むには少々無理があったのだろう。溢れそうになるお茶を苦労して飲み下す。と、そのとき。
「それじゃ、中央のディスプレイにご注目ください」
 石涼が準備し終えたのか、そう言って会議が始まった。
「まず、ご覧いただきたいのが、こちら。雍焔の組織です。具体的に申し上げます。まず総員数は1247人。うち、戦闘を担当する者が680人。下働きが453人。これはいくつかのセクションと、さらにチームに分かれています。セクション数は11。このセクション中、最大かつ最強のものが、雍焔の腹心と呼ばれる安凱のセクションA。このセクションには5つのチームがあります。各セクションのリーダーと、チームのリーダーのリストはこちらです。ご覧になっていただければお分かりでしょうが、特筆すべきは、安凱とセクションDの目玉、セクションGの名無し。これがその三人の資料です。ええっと、この赤い髪の小男が安凱。目玉はこれ。ご覧の通り、目玉です。崩れきっているご面相の理由は翠燕に聞いてください。で、名無しはこれ。他は雑魚といって差し支えありません。が、戦闘員全員が銃器を携帯しています。旧式の短銃がほとんどです。ただし、当たり所が悪ければ、死ぬことにかわりはありませんので、安心はできませんね。他に、重火器、主に対人ランチャーですが、これは400基。他は対戦車砲が2基と、地対空ミサイルが130発。かなり旧式の高射砲が1基です。船はご存知のとおり所有していません。
 毎回ハイジャックしては乗り捨てです。おそらく、船を維持できる技術がない、ということではないかと。彼らの仕事を考えると、これで充分なんでしょうが……正直に申し上げるなら、山賊レベルです。他に非戦闘員の女性と、こどもがあわせて114人。組織の規模は当方のおよそ6倍。これが、潜入しているうちの諜報員の情報です」
 さて、と石涼がことばを切る。
「まともにぶつかれば、負けなくても勝てません。それじゃ、ちょっと困るので、策を弄させていただきます。まず、敵の兵力を、要塞の外へ引きずり出す。その後、別働隊が要塞内の歌姫を連れ出す。大まかな流れは以上です。では」
 こちらをご覧下さい、と石涼がディスプレイに新たな映像を映し出した。雍焔が基地として使用している廃墟の詳細な見取り図である。
 かつての空軍基地です、と連幸が小声で説明した。
「まだ、東西での戦闘が続いていたころの遺跡です。当時はこの星で最大規模を誇る施設でした。8年位前から、その一部を雍焔が廃物利用しているんです。電力の供給ができる範囲なのでかなり限定されてるみたいですけどね。電力も、当時の発電設備をそのまま流用しているので、施設全部にはいきわたらないようです」
「廃物利用か……」
 連幸の口調は雍焔らがその建物を利用しているだけで、機能のほとんどを生かしきっていないことを示していた。
「まず、こちら。件の歌姫がいる場所ですが。彼女は捕えられて以来、賓客扱いです。今のところ命の危機はないでしょう。それで、今、ここの……すみません、わかりにくいでしょうが、ここ。基地の最深部中央、雍焔の私室にいます。次に、非戦闘員の住む区画なんですが、これがかなり厄介です。全員がまとめられているのではなく、それぞれが気に入った者を個人で囲っている有様なので、これらに犠牲を出さず、解決するのは難しいと思われます。また、ここの構造ですが」
 上部から映し出されていた見取り図がぐるりと展開し、側面からの階層構造を映し出す。
「ごらんのように8層構造。もっとも利用されているのは地上部の2層と、地下2層までの4階層。地下3層は一部を武器庫として、地下4層以下は、ほぼ手付かずのままだそうです。非戦闘員の多くは囚人扱い。で、まあ、多くはこの深部、地下第二層に拘束されているようですので……救い出すのは非常に困難、です」
「構わない。どうせ、全員を解放できるわけじゃないんだからさ。そこに居たのが運のつきだと思ってもらう。運良く戦闘が終了するまで生き残っていたら、まあ、改めて殺そうとは思ってないけど」
 石涼の懸念への思いがけない返答は、斐竜から発せられた。
「殺す必要はないけど、あえて生かす必要もない」
 ちくり、と胸を刺す痛みに、ジェスは視線を斐竜の顔から手元の資料に落とした。
 斐竜の性格なら、犠牲を出すな、と答えるとでも、俺は思っていたのだろうか。そんなはずはないというのに。
 ジェスの思いには関わらず、斐竜は淡々と指示をだす。
「ただし、リストアップしてある4人については極力努力してね。捜索願いの出ているご令嬢たちだから。お金になるし」
「善処します。万が一の場合はどうしましょう」
「お金より、命。当然でしょ」
 それはつまり、捜索願が出ている令嬢の命より、本人の命を優先しろと言う決断だ。
 斐竜がいったとおりそれは当然だ。あくまでも捜索も救出も、本来のミッションの付録に過ぎない。手加減して勝てる状況でもない。が。
 ジェスの表情が曇ったことにようやく気付き、斐竜が言い足した。
「もっとも、そうならないように、行動してくれればそれが一番。人命は大切に。優先順位は、自分、仲間、人質、敵方非戦闘員。敵戦闘員に関しては考慮の必要ナシ」
「はい」
 短く答えた石涼が、気遣うようにジェスを見る。
 大丈夫、わかっている、と視線で返事をしたジェスは、石涼のうかべた安堵の表情に苦笑する。
 戦争は遊びではない。犠牲を出さすに戦うことは不可能だ。もちろん、極力それを抑えたいという思いは誰にでもある。だが、それでも犠牲は出るのだ。だからこそ、武力の行使は慎まれるべきで、叶うなら武力対決以外の解決方法を選ぶべきだ。そうしなくてはならない。武力での解決を選んでおきながら、犠牲を出したくないなどと言うのは、ただの感傷であり、偽善だ。
「非戦闘員がいる区画に逃げ込んだ敵に関しては、攻撃を仕掛けてこない限りこちらから手を出さないということは可能かな?」
 ジェスの問いかけに今度は斐竜が苦笑した。
「ジェス、それは背中から撃ってくれって言ってるようなものだよ。気持ちは、わかるけどさ」
 背中から撃たれても対応できる者ばかりならともかく、そうでない仲間もいることを考えると、それを命令として発することはできない、と斐竜は言った。
「一人一人の裁量に任すしかないね、そのあたりは。手加減して殺されたんじゃ話しにならないでしょ? 俺は神様じゃないから、エコひいきするよ。生きててほしい人にも順位付けがあるから、人質か、仲間かって言われたら、やっぱり仲間でしょ。究極の選択だけど」
「……そうだな」
 寂しそうな斐竜の表情に、ジェスは少し安堵する。冷徹に割り切っての発言でないことは、救いだった。
 敵の戦闘能力は確実に殺いでゆく。それは戦争の鉄則。一瞬の躊躇が生死を分ける環境で、自らが生き残るためにそれは必要なことだ。しかし、ジェスは、逃げる敵を背中から仕留めることに良心の呵責さえ覚えないような人間であって欲しくない、と斐竜に対して思ってしまうのだ。あまりにも朗らかに戦いを語る彼が、どう生きてきたのか、知りたくはなかった。まだ幼さの残る彼が、良心をひとときでも余所へ預けられるほどに、ここは厳しい世界なのだ、ということに、拭えない苦さが残る。
 なぜ、テラはここをこのままに放置しておくのだろう。
「忘れてくれ」
 甘い発言だったなと自嘲したジェスに、
「ちゃんと覚えておく。俺はそういうことをときどき、忘れそうになるから、言ってもらえるほうが、うれしい」
 そいうって斐竜が笑う。
「俺だって、寝覚めの悪い思いはしたくないからさ。……そうだ。ねぇ、何か、方法ないの? 石涼」
「それに関して、ですが」
 石涼が待ってましたとばかりに手元のパネルを操作した。
 再び見取り図は上空からの映像に変わる。そのうちの地下1層を選択して、クローズアップする。
「この、これです。見ていただけますか。この中央管理室を抑えてしまえば、区画ごとに分断できます。少し遠回りになりますが、ここを占拠できれば、入り口も閉めてしまうことができますよね。つまり、おびき出した敵本隊が、戻ろうとしても戻れない、そういう状況を作ることが可能です。となれば、陽動に割く人員も最小ですむでしょうし」
「分断してしまえば、内部での戦闘回数は少なくて済む。そうだね、そうすれば、不必要に相手を刺激することもないだろうし、戦闘の回数が少なければ、中にいる非戦闘員を巻き込む心配をしなくてもいい。問題は、基地に帰ろうとする敵兵をどう処理するか、か。  表は大混乱だろうな。どう? 翠燕」
 連幸の問いかけに、翠燕が始めて目を開けた。じっとディスプレイに表示された基地の見取り図を見つめる。
 30秒ほどの間をおいて、翠燕が答えた。
「表は問題ない。西側はとざせ。だが、東側はダメだ」
「東側……」
 中央管制室から東側。連幸が翠燕の指摘に視線を走らせる。
「あ」
 連幸が何かに気付いたように声をあげた。
 ディスプレイから視線を連幸に転じた翠燕が、顎で説明を促した。連幸が一同を見回す。
「東側は、脱出時の経路として確保したい。正面は混戦状態だろうし、突破するのは難しい。東のこの経路を確保することで、ほら、この地下道を経由して、ここへ。それから、ここを北へ進むでしょう。そうすると」
「彩の谷の南側、か。なるほどね」
 日烏の呟きに、翠燕と連幸をのぞく全員が地図で照合する。
「そう。途中、2,3枚壁を崩せばほぼ直線ルート。この太さだと……おそらくは、この、ここの角から先は、ダクトのようなものだと思う。図面ではね。もし分断するとしても、この退路を確保してから、だね」
「このルートがあったから、あんなに手際よく撤退できたのか……」
 斐竜が無意識に爪を噛む。それに気付いた翠燕が、手を伸ばしてそれを止めた。バツが悪そうに手を下ろした斐竜は、チッとするどく舌打ちをする。連幸に視線を戻した翠燕が尋ねる。
「諜報員からその連絡はなかったのか、連幸」
「なかった。連絡する間もないくらい、迅速な行動だったってことかな。それにしても、事後連絡もないなんてね。状況は良くないみたいだ」
「それは、諜報員の存在が気付かれている、という事ですか」
 石涼の質問に、連幸も翠燕も沈黙で答える。
「と、するとこの情報自体に間違いがある可能性がありますね……」
「間違ってるだけなら、まだ、いいがな」
 王虎の指摘に、日烏が同意する。
「気付かれたってことは、その情報自体が罠かもしれないということ。さぁて、どうする?」
「ここまで来て、いまさらやり直してる時間はないよ。このまま進める」
 斐竜の決断に翠燕が頷く。そして言った。
「連幸、潜入している諜報員が何人か把握しているか」
「もちろん。寝返るような連中じゃない。おそらく監視が厳しくて連絡できないだけだと思う。生きていればね。参ったな。中にいるべき人数が足りないとなると、問題は倍増する」
「可能な限り正確な現状が知りたい。何人生きていて、何人行動できるのか。この情報に誤りはないのか」
「と、いうと」
 石涼の表情が一瞬、消えた。にこやかで人好きのする表情が消えると、彼の容貌の持つ雰囲気は、かなり冷淡なものであることに、やっとジェスは気付いた。
「潜入隊に先行してもらう」
「危険すぎやしないかい?」
 日烏がやけにやんわりと尋ねた。話についてゆきそこなったジェスに気付いた連幸が、説明する。
「当初の予定では、敵主力を基地の外部におびき出し、既に潜入している諜報員に歌姫をさらい出してもらうはずでした。ただ、諜報員はあくまでも諜報のプロですから、脱出時の戦闘能力に不安があります。1対1ならばともかく、その場合には1対多になりますし、逃げるだけならまだしも、彼らにはできる限り要塞の外と内を切り離してもらわなくちゃならない。そのために俺と、他数人が新に潜入し、補佐するつもりだったんです。このルートの発見で、それも不必要かと思いましたが……この状況だと、諜報員が生きてるかどうかも不明ですしね……仕方がありません」
 連幸はジェスを見て、にこりと笑うと翠燕に視線を転じた。
「OK、翠燕、先行しよう。そのかわり、俺たちが生きてる間に行動を起こしてくれよ」
「何時間で情報を集められるか」
「5、6時間。おそらく、自由に行動できる状態じゃないだろうからね。や、そうじゃなくて、それ以上我慢できないっていうのが本音かな。彼らが生きていれば、1時間も要らないだろうけど」
「わかった。では、連絡がなければ、潜入6時間後に行動を開始」
「連絡が入ったら、その時点で行動開始ってことだよね。うわ、けっこう適当になりそう」
「臨機応変と言え」
「それでは、少々変更します。当初の予定は先ほど連幸がお話したとおりですが、潜入する囮たちには6時間先行してもらいます。この潜入方法ですが、潜り込むのは容易ではありませんので、故意に情報を漏洩し、雍焔側に拉致してもらう予定です」