第1章 竜との遭遇 (1)

 いいかげん日も傾きかけたころ、二人は岩棚に腰掛けて遅い昼食を準備していた。沙兎(すなうさぎ)とオオトカゲ、持参したフレークバーと麦茶。これが本日の昼のメニューである。
「軽く運動した後は、メシが美味くっていいよな」
 少年が、沙兎を手早く血抜きしながら上機嫌で言った。声変わり前のやわらかく澄んだ声だ。
 真っ黒な、それでいてどこか金属的な輝きを宿す印象的な瞳を彼は持っていた。髪もまた艶のある漆黒、肌の色は日に焼けた淡い赤銅。その姿を一見して、物静かな読書好きだと思うようなら、洞察力はないに等しい。
「しかもこのところ平和続きで、ちょっと食糧事情悪かったし」
 のんびりした口調で少年は話す。口調とは反対に手は忙しく動いていた。
 沙兎はみるみる解体され、食肉になってゆく。
 岩棚から日陰へと連れの青年はゆっくり移動しながら、視線だけを少年に向ける。彼の無造作に束ねられた背の半ばに届く長い髪は、砂と何か粘性のある緑褐色の液体にまみれていた。
「平和でも、充分な食事と住環境が確保できるなら、それが一番なんだけどね。哀しいかな、職業柄、平和と貧乏は正比例するんだよなぁ」
 しみじみとした少年の呟きに、
「正直なところ」
 ハンカチで手を拭きながら青年は返した。
「おまえが平和を重んじ、戦争を疎ましいと思っているようには、俺にはとても考えられない」
冷たい、あるいは刺々しさを感じさせる口調に少年は視線を移す。
「なんでさ」
 心外だ、とその両眼で語る少年に、青年は短く息を吐いた。
「対空砲を人間に向かってぶっ放すようなヤツを、普通、平和主義者とは言わない」
「わかってないなあ」
 少年は小さく2回舌打ちをすると、立てた人差し指を顔の横で左右に振る。
「平和が好きだからって、無抵抗主義と一致するわけじゃないよ。それに静かな生活が好きだからって、戦場でおとなしくしてたって馬鹿を見るだけさ。そういうのは確かに平和主義者って言わない。無能者って言うんだよ。あいにくと、俺は有能なの。そこはそれで、割り切ってます」
「割り切れば、対空砲を両肩に担いで、人海戦術を取ってくる敵の真っ只中に突撃してゆけるのか。それも笑顔で」
 俺、笑ってた?
 問われ、青年は無言で頷く。
「そうか。でも、それこそ割り切らなくちゃできないよな」
 少年は視線を手元に落とししばし考え込む。が、時を置かず視線を青年に戻した。答えを求めることに積極的ではないようだ。
「ま、さすがに俺も、的が人間だったら、あんな暴挙、働けないけどさ」
「……人間じゃなかったとでも言うつもりか」
「あれは、敵。個体として見てないってこと。個々の人間として認識しちゃったら、あんな極道なマネ、やれないでしょ。だってやられたほうは十中八九、死んじゃうんだからさ」
 手を休めることなく兎を捌きながら少年はそこまで言うと、焼く、それとも煮る、どっちがいい、と青年に尋ねた。
「焼くほうがいい。……嬉々として極道を働いているようにしか見えないのだが。錯覚か、俺の」
 なかなか取れない手の汚れに、苛立たしげな視線を向けて青年は手を拭いている。ハンカチはすでに大半が緑色に染まっていた。
「うーん。一概に錯覚とは言い切れないかもなあ。戦ってる最中は生き残ることにしか考えてないから。生きてりゃうれしいし、死ななくてよかったって思うから、喜んでるときもあるよ。あんまり相手のことまで気遣ってられないしさ。だけどさ、あれはオヤツみたいなもんだよ。無くたっていいじゃない。必要悪とか言う人もいるけど、どうかな。それより、三食昼寝つき、健全な労働と教育。平和ってのは、その根底を保証するものだから、絶対必要でしょ。戦争とか、そういうのは必要じゃないことが多いよね。本当なら必要ないとかじゃなくて、あっちゃいけないって考えられるほうが幸せだと思うし」
 おろした肉を細い串に刺し、石ころを組んで造った炉で焼き始める。
「戦争をオヤツ呼ばわりするとはな」
「うん。仮にも俺は戦争屋だから、戦争は日々の糧(めしのたね)だし、オヤツ呼ばわりなんてしちゃいけないんだろうけど。ただね、そうでなかったら、やっぱりもうちょっと楽で安全な仕事がしたいね。命のやり取り、しなくてもいい仕事」
「やめるか」
 いい匂いの漂い始めた炉の火加減を見ながら、少年は青年のことばに苦笑した。
「そうもいかないだろ。選択の余地はない。嫌なら死ぬしかないんだもの。俺はまだ生きていたい。……って、そういえば、もうそろそろ、次の仕事見つけないとマズいんじゃない? 基地の食糧、大丈夫なの? 戦死もイヤだけど、飢え死にもイヤだぞ」
「だから散歩と自給自足を兼ねて、狩猟に来たんだろう」
「あ、そういえばそうだっけ」
 忘れていた、と少年はぺろりと舌をだした。
「それにしても、俺はオオトカゲをターゲットにするつもりはさらさら無かったんだが」
 青年の剣呑な視線に、少年はいやいや、なんとも、と口の中でごにょごにょと呟いて、愛想笑いを浮かべた。焼けた串刺し肉を青年に差し出した。
「大量旗でも、たてる?」
 串を受け取り、青年は一口食べたあと、オオトカゲをちらりと見やって言った。左右色違いの極めて美しい瞳に、形容しがたい物体が映る。少年の視線は青年の横顔を経由し、その視線を追ってオオトカゲに辿りついた。
「砂兎だけなら、もっとよかったんだがな」
「オオトカゲなんて、すっごいオオモノじゃない、喜んだら? もっと」
 汚れた髪を心底嫌そうに眺め、汚れの残る手に視線を移し、ため息をつく青年に少年は言う。
「オオトカゲ、おまえ、嫌いなの? もったいないなぁ。滅多にお目にかかれない珍味で、シティの一流レストランの一皿三切れで、フツーの定食屋に三食オヤツ込みで二十日は通えるって、そう言ったの、おまえじゃないか」
 どこか不自然に浮かれた話しかたをする少年に、青年は食事を中断し、ひどく静かな口調で言った。その口調は静かではあったけれど、優しくはない。
「オオトカゲはこの星の先住生物の生き残りだといわれている極めて珍しい生物だ。こんな環境でも生きてゆける素晴らしい生命力の持ち主でもある。しかしその生態はよく分かっていない。分かっていることは僅かだ。なぜなら遭遇の機会は少なく、また生体の捕獲どころか死体さえも回収が難しいからだ。しかも、美味い。だから、高級珍味なんだ。いいか、よく聞け」
 青年は軽く息を吸うと、はっきりと、かなりゆっくり発言した。
「平均して全長3メートル。体重460キロ。別名ジモグリフタツユビリュウ。オオトカゲ、とおまえが言っているこいつらは、正しくは爬虫綱竜盤類に属する小型の雑食恐竜だ。そう、雑食の中に肉が含まれていることを人は忘れやすい。いいか、こいつらは人も食うんだ。この大きな口で丸ごと、ひと呑みにもできる。わかるか、俺たちはこいつに喰われかけたんだ。あの大格闘を、軽い運動だと?」
 努めて冷静に話そうとしている青年だが、語尾が震え、声が僅かに裏返る。少年は軽く肩をすくめた。
「見解の相違でしょ」
「見解の相違か。なるほど」
「それに人を食うっていうけど、仕方ないんじゃない? この環境だもの。それが何であれタンパク質でできてるなら何だって全部喰うしかないよ。なにも彼らだって人を狙って食ってるわけじゃない。食ったそれがたまたま人だった、そういうことだろ」
「ご高説だな。だが、俺はごめんだ。他の誰が喰われようと、それは自然の理だと認めよう。こいつらの生存権を認めることに俺はやぶさかでない。が、こいつらの食糧の対象が自分となれば、話は別だ」
「うん。誰でもそうだろうな。……ま、いいじゃない。結局は俺たちが食う側にいるんだからさ」
「今回は、だ」
「今回そうなら、今回はそれでいいじゃない」
「誰の、おかげだ!!」
 にこやかに話す少年に、とうとう怒りを抑えきれなくなったのか、青年は声を抑えることを断念した。
「おまえ」
 即答した少年を青年は睨む。瑠璃色の左眼に、なんの反射か光が差し込み、一瞬鮮血のような紅に輝いた。翡翠色の右眼がその紅をひきたてる。
「わかってるんだな、一応は。そうだ、無謀にも、沙兎の子を助けるためにそいつの前に飛び出したおまえを、俺が、助けたんだ。いいか、俺はおまえのせいで、あれと」
 食べ終わった串で、ひゅん、と空気を切って示した先には、顎の下から脇腹にかけてナイフで切り裂かれたオオトカゲの巨大な体が、転がっていた。もちろん切り裂かれた腹部からは溢れるように緑色の臓器がはみ出している。当然だが、その一帯は青黒い血液と褐色に近い緑色の体液で覆われていた。そして、その液体こそが青年を汚しているものだった。
「俺は白兵戦を強いられたんだ!」
「自分以外の誰が喰われても、自然の理なんだろ? 俺だから助けたとでも?」
「黙れ!! しかもおまえは、助けられなかった兎の子を、食ってる。何のために飛び出したんだ!!」
「いや、なんというか、それは、……でも、これ、放っておくのはもったいないし、俺たちはどうせ生きたままは喰えないし、せっかくだから」
「それならオオトカゲに喰わせてやればよかったんだ。基地に戻れば、昼食の用意はあったはずだ。そもそも、今日は午後には帰る予定で来たんだからな。そうだとも。炎天下、沙兎狩の軽装備で、俺はあれと戦わされたんだ。他に何か言うことはないのか!?」
 怒髪、天を突く様子の青年を少年は軽く鼻で笑い飛ばした。
「ご苦労様、とでも? おまえがあの程度に相手に、てこずったはずもないのに?」
「……」
「それとも、ありがとう、助けてくれて。感謝してる、って言えばいいのか? それで満足か?」
 実にきっぱりと言い切った少年は、一瞬後にはその皮肉な表情を拭い捨てるように落とし、あどけない笑顔でもうひと串を青年に差し出した。
「とりあえず、食べよう。それから、オオトカゲをどうやって持ち帰るか考えよう。土産に持って帰りたいところだけど、全部はムリだしね。出直して装備を整えて戻ってくるまでに、きっと骨になっちゃうだろうから」
 やっぱり、持ち帰れる分だけ、か。
 真剣に考え込む少年に、諦めた様子で青年は串を受け取り、しかし、ため息とともに言った。
「フェイ」
「ん? なに」
 オオトカゲを見つめたまま、少年は声だけで応えた。青年を見ようとしないのは、やはり、負うところがあるからなのか。
 青年の口調は平静に戻る。しかし、声を荒げていたときと比較して、けっして優しくはない。かえってその厳しさは増している。
「おまえの言うように、俺はオオトカゲを相手に死ぬことはない。それは確かだ。だが、おまえは違う。おまえもいずれは、オオトカゲを、かすり傷程度で仕留めることができるようになるだろう。しかし、今はまだ」
「だめだ、力不足だって、言うんだろ。わかってる」
 言を遮った少年に青年はさらに表情を固くする。
「わかってた。でも、本当に、反射的に飛び出しちゃったんだ。……ごめん」
 少年は逸らしていた視線を青年に戻した。ゆっくりと目を伏せる。強い輝きを宿す黒い瞳がまつげの影に隠れ、そうするとまるで少女のように儚げで愛らしい。
 わざとではあるまいな、とも思うのだが、怒りを持続することが難しくなった青年は、もう一度、あらためてため息をついた。
「いつも必ず助けてやれるとは限らないんだ。自重してくれ」
「自重してないわけじゃ、ないよ」
 言い訳する少年に、青年は三度ため息をつく。
「そうか。……もう、いい」
 ふいに、フェイと呼ばれた少年の目が、大きく見開かれた。凝視するその先には青年の脚がある。ブーツが裂けて、わずかだが血が滲んでいた。青年のものであることは、その赤い色を見ればよく分かる。
「血が……」
 そのことばに青年は初めて気付いた様子で足元を見た。
「ああ、爪を避けそこなったんだな。気付かなかった」
 たいした傷ではないといって、串を口にくわえると、空いた手でブーツを脱ぎ、素早く消毒し止血する。
「心配するな。産卵期のメスでない限り、爪に毒はない」
「痛いか?」
「痛がってほしければそうしてやってもいいが。どちらにしろ騒ぎ立てるような傷じゃない」
 少年は複雑な表情でその傷と青年の顔を交互に見たが、どう応じてよいものか考えた挙句、考えることを放棄した。つまり態度としては、黙殺することにしたのだ。
「神妙な顔だな。そう思うくらいなら、事後処理の具合を考えて行動しろ。責任を負いきれないことに手を出すんじゃない」
 食べ終わった串を二本片付け、水筒のお茶を飲んだ青年は、おまえも食べろ、と少年に食事を促した。
「買ったばかりのブーツだが、これの弁償はツケにしておいてやる。で、どうするんだ、その珍味を」
 ツケの利子を思ってか少年は大きなため息をついた。が、わずかに2秒半ブーツと青年のケガを思い、それきり考えることをやめたようだ。気持ちを切り替えて珍味の処遇を思案する。
「持ち帰れるだけ、ってたかが知れてるしね。9割は無駄になっちゃう。どうしたもんかなあ」
「最も簡単な方法は、基地に連絡して、迎えに来てもらうことだ」
「そうだね。それが一番いいとは思うけど。……おまえ、本当にそうしたい?」
 少年は眉を寄せて尋ねた。言外に乗り気でないと言っている。
 外出を強行した挙句、帰還予定時間は大幅に過ぎている。さらにはオオトカゲとの一戦。
「おそらく、今、俺が叱った三倍以上の小言を聞く羽目になるだろうな。不本意極まりないが、その際には、俺もおまえと一蓮托生ということだ。場合によっては監督不行き届きで、俺のほうがさらに叱られる」
「悪い」
 まったくだ、と吐き捨て、その後に That's Life(それも人生) と青年は小さく呟く。
「じゃあさ、今ここで食べられるだけ食べて、あとは諦めるとか。それなら確実にひとつは減るでしょ? お小言の原因」
 少年の髪をクシャリとかき混ぜ、苦笑まじりではあるがはじめて穏やかな様子で少年に声をかけた。
「フェイ」
「うん」
「固形燃料は、いくつ残ってる」
「あと一個」
「なるほど。ということは7つも投げたのか」
「援護しようと思って」
「おかげて俺もローストになるところだった」
 三度ごめんと頭を下げる少年の額を軽く小突く。
「ということは、ここで珍味を味わうつもりなら、刺身、ということになる」
 いや、たたきか、と訂正した青年に少年は肩をますます落とし、首を振った。
「俺、あれを生で食べる気にはちょっと……。あの姿を見ちゃうとなぁ」
 緑褐色の液体、緑色の皮、緑色の肉。
 調理されていてさえたじろぐ者も多いオオトカゲの、大地にだらりと横たわる姿は、食欲を減退させこそすれそそるものではない。
「トカゲはテイクアウトだね。お迎え便、呼んでくれる?」
 ふう、と本日何度目かのため息をついた青年は基地に連絡を入れた。事情を説明するや否や、通信機の向こうから唾が飛んできそうな勢いで怒りはじめた男の顔をモニターで見ながら音声をそっとオフにした青年は少年を振りかえる。
「弁護してやれる余地はないな。俺は、俺自身の弁護で手一杯になりそうだ」
「そうだよね……」
 モニターを除きながら少年はそう呟き、うん、と頷いた。頷いたまま首をあげることができず、少年はその場に座りこんだのである。

 オオトカゲをあきらめて焼肉での昼食をお開きにした後、二人は強い午後の日差しを避けるために、少し離れた岩陰に並んで腰を下ろした。本当はもっと涼しい谷底に下りたかったのだが、そのためには岩棚をぐるりと反対側へと廻りこまなくてはならず、そうなると珍味をそこまで移動させることになる。400キロ超の物体を二人で運ぶことはできず、迎えが来たときに着陸できない。結果としてやや離れた日陰が、熱射から避難する限度だった。
 体力を極力消耗しないように、ただじっと待つ。このうえ熱射病にでもなろうものなら、以後数ヶ月は外出禁止が言い渡されてしまう。
「そんな生活、窒息しちゃう」
 という少年の主張に、青年は「いっそそうしてもらえれば俺の苦労も半減する」と返し、それでも仲良く二人で座っている。
 三十分後、少年は熱さに耐えかねてとうとう根をあげた。
「ねえ、あれ見て。トカゲ煮えてない? 色変わってきてる」
「煮えるというよりは蒸し焼きだな」
「なんか俺たちも蒸し焼きになりそう。熱いっていうよりさ、痛いんだけど」
 少年は頬を両手で包み込んだ。直射でないにも関わらず、日焼けした頬がやけどのように痛む。
「安心しろ。人間が暑さで死ぬための温度には、まだ……0.2℃超えているか」
「うわ。……って、何度なの?」
 青年は口を開くことさえ煩わしげに応えた。
「知りたいのか」
「うん、気になる」
「56.2℃。個体差、という希望があるな。60℃を超えるまでは。顔も覆っておけ。やけどになるぞ」
 青年は、少年の背中に垂れたフードをあまり親切とは言いがたい手つきで、少年の頭に被せた。
「やっぱり聞かなきゃよかった。いっそう熱いよ」
 谷に移動すればよかったなあ、と少年は抱え込んだ膝に顔を埋めた。
「口を閉じていろ。余分な熱を発散するな」
 口調だけは涼やかに、青年は言った。
「じっとしているほうが、体力の消耗は少ない。蒸気風呂(サウナ)だとでも思うんだな」
「こんなにカラカラに渇いてて、なにがサウナさ。お茶、まだあるよね」
 汗をかく間もあればこそ。流れることなく蒸発し、肌には塩の結晶が残る。
「熱いぞ、気をつけろ」
 出かけるときに水筒に入れた冷たい麦茶は、凄まじい熱気のため保冷機能の甲斐もなく、すっかり熱くなっている。差し出された水筒からカップにお茶を注いだ少年は息を吹きかけて冷ます。沸かしたてとは言わないが、知らずに飲めば驚く程度には充分熱い。
「体力より、気力がもたないよ」
 世にも哀れな声で呟いた少年は、抱えていた脚を投げ出して座りなおした。風が慰めるように谷の底の若干涼しい空気を運ぶ。
 と、そのとき、少年が不意に動きを止めた。
 少しの間をおいて、不自然な姿勢のまま首だけを回し、まぶしい午後の空に目を遣った。ちょうど太陽の方向だ。
「音が、聞こえる」
「幻聴だ。到着予定時間まで、あと20分弱あるはずだ」
 時計を指して青年は言う。
「連絡を入れたのが15時40分。到着予定時間は16時22分」
「……間違いない。でも、違う」
 音がするのは間違いないが、自分の求める気配ではないことを少年は言っているらしい。
 足りないことばを補って、青年は尋ねた。
「何の音だ」
「……飛行艇。小型の、エア・システムの旧型。燃料使用のタイプ。低空飛行してる……」
「スターゲイザーか。今遭遇するのはまずい」
 やや緊張した面持ちで、青年は口早に聞きなおした。
「まだ、分からない」
 少年の次のことばに注意を向けながらも、青年はすでに立ち上がり身構えている。先手必勝。相手が敵なら有無言わせず打ち落とす気でいるのだろう。青年の右手は腰のホルダー――そこには、さきほどオオトカゲを切り裂いたナイフとともに、最新型の携帯用小型高射砲があった――に伸びていた。