後任者の一人は若干ですが、先走る傾向があります。
現段階では考える必要のないことに気をとられて、今聞かなければいけないことに集中できない様子が随所に見られます。
今はわたしの話を聞いてくださいね、と何度繰返しても、数分経たないうちに
「あの、でも……なときは」「だけど……の場合は」
イレギュラーへの対応は、基本的な処理が間違いなく滞りなくできるようになってから考えればいいですよ、今は基本的なことを覚えましょうね、とその度に言うのだけれど、それでもやっぱり「あの、でも」「だけど」(苦笑)
質問には答えて差し上げたいのだけれど、基本もまだまだの段階で応用を交えて説明すると、基本が身につかないんです。ノートを見ると間違いだらけ。基本と応用を同時に説明しても混ざらずにすむなら、わたしもその方がラクなんだけど、どうも彼女はそうじゃないみたい。
先のことを心配するより、まずは今やらなくてはならないことに集中してほしいなあ。
きっと人よりちょっとだけ心配性なだけなんだろうけどね。
応用編が心配ならなおさら基本を大事にしなければならないことを、わたしは彼女にどう伝えたらいいんだろうな。
難しいね。
業務ごとの作業項目を一覧にして手渡してあるのだけれど、お二人とも、それぞれノートを取ることに夢中になってしまい、一覧の存在を忘れてしまうみたい。
自身で書きとめたノートの内容を頼りにするので、書き落としてしまったことは、「教えてもらってない」になっちゃう。※
そこで「最初にお渡しした一覧にありますよ、ご説明もいたしましたよ、〜のときに」と指摘すると
「そうでしたっけ。……あー、そうだったかも、書き忘れちゃったなー」
で、ますますノートを取ることに必死になっちゃうの。でも書き留めている内容は、作業一覧に書いてあるんだよね。それでやっぱり頼りにするのはノートだから、書き落としがあって※からのリピート。
学生時代を思い出します。レジュメをもらってるのにノートを取るのに懸命で、だからレジュメにはない大事な注釈をメモする余裕がなくて。そういう人に限って試験前に頼りにしているのは自筆のノートだったりするから、結果は惨憺たるアリサマ、みたいな。
「八仙花はノートもろくに取らないくせになんで試験には通るのーっ?」
「ノートを取らないからじゃない?」
だってノートを取らないぶん、話を聞く余裕があったもの。
聞いて、大事なところだけちょっとメモする。
大事なところの見極めは、演者の口調や表情、身振り手振りを観察すればなんとなくわかるものですしねぇ。なにも特別なことじゃないと思うんだけども。
そういうことで、今後もこの調子が続くようならノート禁止にしようかと思う本日でした。
ちょっとだけ他の人の、しかも簡単そうな仕事を手伝ってみたい、というのは、他の人のお弁当を少しだけつまみ食いしてみたい、というのんと同じ感覚なんじゃあないの、と友人。
辛口な友人ですが、まあ、そういう側面もあるのかもしれない。
そう考えると、おかずの交換みたいに仕事も交換できたら相互理解にも役立つかもしれないし、格別悪いことのようにも思わない。
ただ、まあ、つまみ食いはほどほどにしておかないとねぇ。
簡単そうに見えて実はそうではないことなんて、職場ではザラだもの。
どんな仕事もプロフェッショナルとしてそれぞれ受け持っているわけで。
馬鹿にされがちなコピーにお茶汲みだって、技術と気遣いの差はすごく大きいの。
実際、新人にコピーを任せると、ほんとにただコピー機を通しただけになるもの。
字がつぶれてても影があっても気にしなーい、みたいな。
気の利く人にお願いすると、細かい文字のものは重要な箇所だけさりげなく拡大コピーもとってくれたり、多色使いの資料は印字濃度を調節して見間違いのないように気遣ってくれる、とかね。
お茶もそう。味はもちろん所作もきれいだし、やむなくお客さまをお待たせしてしまうときなどはその数分を上手くつないでくれたりして。
だから不慣れな人がつまみ食いできる仕事ってさして多くはないんだけど、不慣れだからこそ他の人の仕事の難しさがわからなくってそそられるんだろうなぁ。
や、まあ、人のものほどよく見えるのは何についてもあることだから、「自分の仕事に集中して」なんて、教える側があまり気にしちゃいけないね。反省。
引継二日目。
得手不得手もあると思うんですけど、個性の差って大きいと思いました。
同じ作業を同じように説明しても、二人のアプローチはまるで違う。
言わなくてもそれくらいわかるでしょ、は通用しないってこれだよなあ、と実感。
わたしとしては手順には拘らなくて、最終的に(所要時間も含めて)同じ仕上がりになればOKですし、効率は自ずから考えるようになるでしょうから、その辺りはまだ何も言わずに見ています。
ただちょっと困るのは、今日一日の作業をまとめてください、と割いた時間に、他の人の手伝いをしようとするお一人。
復習やまとめの時間を敢えて作っているのは、今日やるべき仕事がなくなったからではありません。今日やった仕事について、どこまで理解できたか、どこが不明かを考える大事な時間。
なのに、「わたし、手伝おうか?」と……。
今日お教えしたこと、本当に全て理解できていますか。わたしの目から見ると未達成部分のほうがよほど多いのですが、と苦い気分に(未達成でもいいんです。でもそれを補うために割いた時間を大事にしない姿勢はダメだと思う)。
仕事はシェアしたくない、でも手伝いはしたいってのは不思議な感覚だなあと思ったのでありました。
あとは制服の着用を嫌がるところかな。
制服は作業着としての意味合いだけでなく、フォーマルウェアとしての側面もあるので、人前にでることも少なくない部署に席を置く以上は、着用「したくない」で済むことではないんですけどねぇ。
かつ着てきたい私服がスーツであればまだしもなんだけど、プルオーバーにハーフパンツってのはちょっと。
さらにその格好で、お客さまへのお茶だしとかは考えないでほしい、などなど(苦笑)
そういう説明をしなくてもいいように、就業経験のある人を雇ったはずなんだけどなあ。
引継初日でした。
本来一人でやるべき仕事なので、どちらが何の担当で、という分け方は難しいです。
全部が二人の担当です。
二人がともに業務を把握し、互いに進度を報告しあい、時間と仕事を共有する方向でお願いします、と最初にお話をいたしました。
線引きがあったほうが責任感を持ってやれる、という考え方もあります。やっておいてくれたと思った、というような抜け落ちも防げそうだし、線を引いたほうがいいのかなって、考えもいたしました。
でも、本日、お二人にお会いして、線引きがあるがゆえに「線の向こうの仕事はわたしには関係ない」「わたしの担当じゃないですから」となりそうな気配があったので、線引きはしないことを決めました。
だって「やっておいてくれたと思った」は業務報告さえ確実であれば、発生しないもの。
それよりも「わたしの仕事じゃないのに」のほうが、全社的に見た場合、デメリットになりますから。
作業の分担はしても、業務の分割はしない。
これ、ひとつの部署としておかしなあり方ではないですし。
そのうち得手不得手がはっきりしてくれば、どの分野の作業をどちらがリードして行なうかはっきりしてくると思います。
というか、そうなればいいなと思う。
それはまさに一つの仕事を割ることではなく、ひとつの仕事を分け合うことだから。
やっと後任者が決まり、明日からは引継が始まります。予定では最初の1週間で日次業務の大まかな流れを、次の1週間は日次業務をこなしながら月次業務の一部を、次の2週間では月末月初の業務を、かな。
マニュアルもある程度は作ったし、後は上手く説明ができるといいんだけど。
結局出産予定日の三週間前まで働くことになりそうです。
油断があるのかな。つい口が過ぎてしまうことが二回。
一度目は昨晩。不在連絡のあった荷物の受け取りについて。
今日は午前中に出かけようね(お墓参り他)、と直前に言っていたにも関わらず、「明日午前中に再配達」をお願いしたことを知ったとき。
「で、明日の午前中は自宅待機なんだ。さっき午前中に出かけようって言ってたのは何?」
「……」
そして今朝、運良く9時半ごろに荷物は届き、当初の予定通り午前中に外出できることになったにも関わらず、出発は結局12時直前。
「で、結局一番暑くて紫外線も強い時間に出かけるんだ。子ども生まれたら、こういう時間帯からの外出は絶対にイヤだからね」
「……」
わたしは昔から外出するなら午前中、午後は自宅で寛ぎたいタイプ。旦那は午前中は家でのんびり過ごして、午後から出かけるタイプ。昼寝派と朝寝派ってところかな。
そして予定を変更するとき、わたしは事前に相手の同意を得るのだけれど、旦那は基本的に事後承諾。どうも「予定が早まるなら伝える必要があるけれど、〆が延期される分には連絡は必須ではない」という感覚の模様……微妙な感覚だと思うけど、まあ、何を大事に思うかは人それぞれだもんなあ。
長年の習慣はなかなか変えられないものだし、もう分りきってることだったのに。だから、そんな嫌味を言っても仕方がないんだけれど、どうしてか口が滑ってしまって軽く自己嫌悪です。
わたしの仕事を二人でシェアした場合、一人あたりの一日平均勤務時間は3.5時間くらいになるんじゃないかと思う。もちろん仕事に慣れてくれば、であって、「すぐさま3.5時間」「無理して3.5時間」ではないけれど。
二人でやれば並行できるからね。
控除内で働きたい場合、週4日勤務で1日労働時間は、平常月は4.5時間、繁忙月は8時間……くらいなのかな。時給の詳細がわからないから、うちの会社のアルバイト初任給で計算してのざっとのところだけれど。
平常月の空いてしまう2時間は、社員さんの雑務を軽減する方向で使えるといいんだけどな。
雑務が少なくなれば、もっと業績に繋がる仕事に充てられる時間が増えるもの。
あああ、わたしがそれに関われないことが口惜しい。
来週からの引継は、そういうことも念頭においてやってゆきたい。
……でも結局わたしって、仕事においては「改めて後、去る」さだめなんだろうかなあ。
本当にわたしが雑務の全てを引き受けることで、力になれるならと思っていたのに。
切ない。
結婚したら子供ができて、というのんが当たり前だと考える人にとって、結婚しない友人や子どもを持たなかったわたしは「非常に哀れな」存在だったようです。
何を幸せと考えるかは個人の自由ですが、個人の自由であるからこそ、結婚しない幸せや子どもを持たない幸せを否定するのはやめたほうがいいんじゃないかな、などと思います。
まあね、結婚してから結婚しない幸せに気がついちゃうとか、子どもができてから子どもを持たない幸せに気がついちゃっても、なかなかに難しいものがあります。
だから「できれば結婚して子どものいる幸せだけを考えたい、結婚しない幸せや子どもを持たない幸せを積極的には認めたくない≒そんな幸せはありえない」という気持ちも察せられなくもないんですけどね。……実感としてわかる部分もあるし。
ただ、立場の違う他者の幸せを否定しようとする心の影には、己の置かれている現状への不安・不満・不平があるのかもしれないな、と。
他者の幸せを認めないことで、己の不幸を認めずにすむと……そんな防衛意識のなせる業のようにも思う今日この頃。
だけどそれじゃ不幸の否定はできても、幸せにはなれないことに気づいてくれるといいな。
午前中は定期健診。結果は異常なし。
異常はないけど、常でもないわなぁ、などと考えながらついでにショッピング。
バッグとブーツと洋服数着を購入。
楽しかったです。
最近は母sからの電話への応対に苦痛を覚えることがある、と旦那にこぼしたところ、わたしには取次がずにうまくオチを着けてくれているようです。
ありがたや〜。
気遣ってくれているんだから感謝して対応するように、なんていう人じゃなくて良かった。
気遣ってくれているのは重々承知、でもその気遣いが重いんだもの。
物理的に十分重いんだから、気持ちくらいは軽くいきたいよね。
後任者は二人になるかもしれない、とのこと。
一人でやっていた仕事をどう配分したものか、ちょっと考え中。
マニュアルは一対一の引継を想定していたので、これも早急な修正が必要かも。
どのくらい早急かというと、なんと一人は来週から出勤予定。
もう一人はどうなるのかな。
あまり時間が開いて二度手間になるのは困るなあ。
お腹が重くなると、自然体は後傾になってバランスをとろうとするようで、腰痛・背痛が目立ってきます。
そのことを助産士さんに相談したところ、
「ヒールのある靴のほうが歩きやすいかもしれませんね」
とのこと。なるほど、ヒールがあると重心が若干前に移動する。後に傾いた姿勢が正される、という仕組み。
「あなたの身長と足のサイズなら、5cmくらいがいいかな。6cmを越えない程度で楽な履き心地の靴がいいですね。履き慣れた靴があるならそれが一番ですが、新しく買うなら太目のヒールで。安定感もそれほど悪くないものを選んでください」
もちろんピンヒールや厚底は却下、とのご指導を頂いて、ミドルヒールを履くようになって約10日。
腰痛も背痛も見事に軽減されました。
ホントに楽になってほっとする反面、「妊婦なんだからヒールのある靴はやめなよ」とか「見てるほうがハラハラするからやめてよ」とか「妊娠期間中くらいおしゃれは諦めてもいいんじゃない」などなどのご意見をくださる方々への説明が面倒くさーい(笑)
理由を言うと「ああ、なるほど」と納得してくださる方が多いのですが、回数が尋常でなくって。
この10日くらいの間に、十人以上の人に同じ説明を繰返したかなあ……。ほとんど毎日のように同じ言葉を繰返すわけです。ちょっと煩わしい。
とはいえ、わたしも転んだら危ないから、と、ここ二ヶ月くらいほとんどヒールのないサンダルを履いていました。当事者がそう思いこんでいたくらいなのだから、知らない人がそう思うのは無理のないことなんだろうな。
予定では今頃は退職二ヶ月目突入だったはずなんだけどー、と思いながら出勤。
所要時間は30分。バスと地下鉄を乗り継いでゆくのですが通勤疲れを覚えるようになってきました。
仕事はそれほど辛くもないのですけれどねぇ。
今月中、長くても来月半ばには引継が終わるといいなあ。