Diary

12月15日(木)

 えー、この一週間。パソコンの電源さえ入れる余力のない日々を過ごしました。
 仕事はそれほどでもないのですが、風邪が長引きまして、帰宅と同時にグロッキー。
 そんな一週間でした。今日はもう随分よいのですけれどね(それでも18時には退社いたしましたが)。この一週間のことは、手帳を元にこれからご報告いたします。
 が、その前に、まずは御礼を。
 メールにてご心配くださいました皆さま、拍手にて励ましてくださった皆さま、温かくお見守りくださっている皆さま、ありがとうございます。
 案じてくださる方がいる幸せを、しみじみと味わっております。
 そういうことで、この幸せのささやかな御礼に掌編をひとつ。
 鬼喰「小春日和に

12月14日(水)

 会社で倒れました。  ――15日、医師の診断を受けましたが、咳による寝不足が原因だろうとのこと。咳き込んではほぼ一時間ごとに目覚めてしまっておりましたので。
 手厚い看護を頂き、帰宅のためのタクシーまで手配してくださり、感謝の極みではあるのです。しかし皆さまにはご心配とご迷惑をおかけしてしまい、それだけでも十分に恥ずかしいのに……いたたまれないのに。
 なんかもう書きたくないな。
 ……
 や、まあ、たいしたことではないんです。
 アルバイトの男の子の背中に負われて運ばれました、ということで、もったいぶるほど大層なことではないのです。
 ただなんと申しましょうか、イイトシをした大人がですね、十も年下の子に背負われて運ばれるんですよ。あまりにもみっともないじゃないですか……。しかも原因が寝不足!
 我が事ながら「アホかと! バカかと!」みたいな。
 そのうえ上役殿には人使いが荒いとのあらぬ嫌疑がかけられて……申し訳なさ、さらに倍。
 こんなことなら箱落ちや箱とともに地べたに転がるほうがなんぼもマシというものですよ。だってそれならわたしが恥ずかしいだけで、誰にも迷惑かけてないもの!
 だからどうしてこうもベタベタなイベントが、わたしの人生にはたびたび発生するのかと。
 どうせ発生するなら十年前が良かったよ……。ごめんね、で許してもらって悪びれなかったあのころだったらよかったのにな。それとも立場が逆とかさ……
 返しきれない恩ばかりが増えてゆくのには、いったいどうしたものでしょう。どこで返せばいいのでしょうか。
 一生懸命寝床で考えたのですが、どーしようもないのでひとまずはどーもせんでおこうと思います。せいぜい一生懸命働いて返します。いつかご恩返しができますように。せめてその機会を掴むくらいはできますように。
 ――それにしても昨日はスカートでなくて良かった、と正気に戻った今は切実にそう思います。

12月13日(火)

 さすがに疲れてきたのか、後半はもう頭の中に別のヒトがいる感じでした。
 もうこの箱をみるのはウンザリだーっ
 でもこの箱の中身をつめたのは可愛い○○くんだからね。ちなみに次の箱は□□くんですよ
 とか、
 もうこの伝票をみるのは厭きたーっ
 でもこの伝票を処理したのは可愛い△△ちゃんだからね
 とか、
 この客の指定、超ウザイ
 でもこれをもらう人に、このウザいまでの心遣いが伝えられれば素敵だよね
 とか
 仕舞には、
 ものは包まれたがっている、紙は包みたがっている、わたしはそれを手伝うだけでいいわけよ
 とか、もーアンタ誰、何よソレ、と。
 そりゃあ確かに○○くんはいいよ。実に美味そうだよ。背中、とくに首から肩にかけては最高だよ。もちろん□□くんもいい。□□くんなら断然腕だ、それも下腕がいい。さらに○○ちゃんなんか顔をみるだけでふにゃーんだよ。というかもう溶ける。あのお嬢さんをみると爆発寸前の堪忍袋までがメルトダウンする。とろけちゃって後には何も残らない。強いて言うなら金平糖の欠片みたいなのがきらきらしてる。
 それにお客さんが喜ぶのはいいことだよ。ものと一緒に心も包んでお届けですとも。
 こうやって羅列すると、わたしはもう十分にヘンなひとだけども、でもそれでも、紙が箱がってのは、さらなる境界線を踏み越えていった気がする。
 ……帰ってこられるんでしょうか。

12月12日(月)

 熟練の早業は一朝一夕には身につかないけれど、効率を上げるだけならやれることはたくさんあるでしょ、というお話。
 今、わたしが手伝いに行っている仕事というのはラッピングのお仕事。
 主に箱ものを包装紙で包む、という作業。まあ、他にももろもろの雑用も含むけど、このもろもろの雑用はわたしにとっては半ば余禄的なものでもあるので、むしろ「どんとこーい」という気持ち。
 で、その包装にも技がありまして、先輩はこの道十一年のプロなわけです。
 そのプロの技の冴えは追随さえ不可能な域にあり、現時点でのわたしは先輩×0.67くらいの速度でしか作業を進められない。
 簡単に言うと、先輩が十個包む間にだいたい七個くらいしかわたしは包めないわけです。
 わたしと先輩の技の間には7,8年の差があって、この差は数日で埋まるものじゃない。だからわたしの仕事量は先輩の0.67以上にはならないんですね。むろん、給料も0.67です。
 でも、包装の速度は上がらなくても、たとえば「自分の手元には今何種類の資材がどれだけあるか」という包装資材の管理を徹底することでも、作業の効率はあげられるんです。つまり、「手元にはないものを探す」という時間を費やさずに済み、「手元にあるものを不要に調達する」という時間も使わずに済む。
 技が未熟なんだからせめて気持ちで補おうよ、とわたしは思うんですが。
「へー? わたし、包むのに精一杯でそんなとこまで気が回りません」
 ……そこまで気が回らない、じゃなくて、そこから気をまわすんですよ、と喉元まででかかったんだけども、まあ、こういうのんも人それぞれだからねえ……。
 なんか新人さんとわたしの感性や思考は、かなり真逆に近いのかも。
 私的な付合いでは無意識のうちに除外してしまう人とも接する機会があるという点でも、やっぱり職場はいいなあ、と思うのでした。

12月11日(日)

 休日出勤でした。
 午前中いっぱいはお仕事、その後、昼食を部長にご馳走になりました。
 食事の添え物には、毎度おなじみ「部長のオレサマ自慢、トモダチ自慢トークショー」
 これはアルバイトの男の子や上役殿には今ひとつ不人気なのですが、わたし的にはけっこう面白いです。ネタは仕事関連なんだけど、語り口や落ちが子どもの「お母さん聞いて!」みたいだからかな。
 子どものまま大人になっているというか、大人なんだけど童心が残っているというか、まあ、若さがまだまだ豊富に蓄積されている感じ?
 もっとも同じ話を何度も聞かされているらしい彼らにしてみれば、「そのネタ厭きた」というところなのかもしれません。
 わたしはいつもそれほど一緒にはいないからね。
 そういうことで、仕事はぼちぼち、余禄はうはうは、で大したことはできなかったのですが、微力ながらお役に立てたなら幸い。

12月10日(土)

 明日は如何に、と問われ、即、是。
 このところ前日までの仕事残量が増えてきているので、ちょっと心配なのでした。
 もっともわたしなぞが心配するのはおこがましくもあるのですが……内情にも深く関わったことがあるだけに、放置できないこの心理。
 都合よく思われているかもしれないなあ、などとも思う反面、上役殿には都合よい人はなかなかおられぬのだから、わたしくらいは都合よくあってさしあげてもいいかもしれんなあ、とも思ったり。
 というか、わたし、もしかすると以前の仕事(財務)より、こっちのほうが向いているのかもしれないな。

12月9日(金)

 仕事が終わった後、タイムカードを押してからわたしは今日の片付けと明日の仕度をしています。
 給料はつかないけれど、サービス残業という感覚もありません。
 というか正直なところ、片付けと支度で給料もらったら泥棒だよ、とか思う。
 で、まあ、その時間はいわゆる仕事の時間ではないから、結構リラックスしてます。急がないし、お話もするし、その内容は仕事には無関係なことばかり。
 だからこそお給料はもらえないんだけどね。だって話のお相手を務めて賃金もらうほど、高度な話術はもってないもの(笑)
 ええっと、じゃあ、なぜそうした時間を持つのかというと、いくつか理由があります。
・ひとつには、明日、己が気持ちよく仕事に取り掛かるため
・ふたつには、明日、皆さまに気持ちよく仕事に取り掛かっていただくため
・みっつには、今日の己の仕事を省みて、至らぬ点がなかったかを確認するため
 そんな感じ。付加えるなら、
・よっつには、前後に手を抜かないことで、わたしの仕事を好ましく思ってもらえたら幸運だと思う
 やや、わたし、自分のことだけしか考えてないね(笑) 明日のわたしの心地よい時間のためにちょっとだけ今を割いているだけ、という……。
 だから大げさに「立派ですねー」などと言われると、下心を見透かされたようでちょっと恥ずかしいのでした。

12月8日(木)

「時間」でお仕事をする人と、「仕事」でお仕事をする人の間には、案外溝があるものだと思いました。
 パートタイマーとかアルバイトは、たとえば「9時から17時まで」という枠の中で働くのですが、この7時間(昼休みを除く)を
・7時間
と時間だけで測るか、
・7時間の仕事
と、仕事の内容や量で測るか。この差はとても大きい。
 極論すると前者は「契約時間を職場で過ごせば賃金をもらうに値する」というタイプ。多少毛が生えた亜種に「契約時間を職場にて仕事をしていれば、仕事のできには関わらず賃金をもらうに値する」というのんもいる。
 でも、仕事って本当は時間じゃないんだよね。何時間そこにいても、その賃金に相応しい働きを見せなければ「賃金をもらうに」値しない。
 それは社員でもパートでもアルバイトでも派遣でも同じ。
 なんだけど、そういう認識を持たない人にこれを教えるのんは今のわたしにはちょっと無理かも。頑張らんとなー。

12月7日(水)

 分岐条件はもっと端的に禁止項目だけを列挙して示してみました。
 どうもこちらのほうが新人さんには理解しやすいみたいです。
「これは〜〜だからDの処理はできない」
「これは〜〜だからCの処理もできない」
「これは〜〜でBの処理もできない」
「Cではないのだから、A’でもない、ということはAですね」
 と、消去法でくる感じ。
 なるほど。
 禁止事項の羅列をわたしは好まないのだけれど、消去法で考える場合にはこの「禁止事項」こそが判断の要となるわけで。
 判断の要を得たことで新人さんの作業も飛躍的に早くなりました。間違いも少なくなったようです。
 まだ「思い込み」違いはあるけれど、「あ、違いますよ」で「……あ、しまった」と何が違っているのか自身でわかるようになってきたみたいです。
 こういうことに出会うと、思考の個性って本当に面白いと感じます。
 加えて、相手の思考の個性に合わせて情報を発信しなくてはいけないな、などとも思いました。
 で、わたし自身はというと、今日は朝から体調があまり良くなくて(熱っぽさと寒気が同じ波長でやってくる感じ)昼ごろまで仕事に集中できませんでした。反省。
 午後からはちょっとだけテンションを高めに持っていって乗り切りましたが……反動でしょうかねぇ、今はもうぐったりです。
 でも今日はまだ7日で、あと20日くらいこんな日々が続くことを考えれば、こんなところでへばってはいられない。
 早めに寝て、明日に備えたいと思います。

12月6日(火)

 新人さんはひょっとして「訊く、頼む」が苦手なのかな……。独りで解決しようとする姿勢は尊いのだけれど、そんなところに一生懸命になるのはあまりにもったいない〜(笑)
 そんな彼女を見ていて、短期単発のお仕事を請けるというのは大変なんだなあ、と思うしだい。
 考えてみればこうした短期単発の仕事は「ぶっつけ本番」なんですよね。
 教育期間はもとより研修期間さえロクに設けられはしない。実践で、直観的に仕事の本質をつかんでゆくしかない。
 記憶力ではなく、あからさまに理解力と応用力(要領のよさ)を問われてしまう。
 それだけでも結構な緊張があるのに、周りは手馴れた人ばかり。何事かを指示されるまでもなく淡々と仕事をこなしてゆく。
 他の人にわかることが自分にはわからない、他の人にできることができないというのは、すごいプレッシャーになるのかも。
 わたしはそこらへん、ちょっと鈍いというか、あまり気にならない性分だから気楽に指示を仰いじゃうけど、「わからない、できない」に辛さを覚える人は、「訊く、頼む」にも痛みを感じてしまうのかな。
 短期単発のお仕事は
 できないことをできるようになること < できることをできるだけやること
 であることが多いのだけれど……といって、「できることをやってください(≒できないことはしなくていいよ)」というのんも「できないこと」を辛く思う人にはいじわるのようにも聞こえてしまうだろうし……。
「できないこと」に囚われず、「できること」に意欲と誇りをもってもらうために、わたしは何ができるんだろう。
 できないことがあっても、あなたができるかぎりを尽くしてくれるのであれば、それだけで十分にわたしたちを助けてくれていることになるのだと上手く伝えられたらいいのにな。

12月5日(月)

 思い込みというのは多かれ少なかれ誰にでもあることですが、この「多かれ」に属する人はちょっぴり苦労しやすいような気がします。
 作業手順をチャートにして渡したのですが、新人さんにはどうにも「思い込みフィルタ」がかかって正しく認識できない模様。
 だいたいこんな感じで方法が分かれるんですけども、

 スタート ─分岐条件1─ A ─分岐条件2─ A
         │         │
         ├─── B    └─── A’
         │
         ├─── C ─分岐条件3─ C
         │         │
         └─── D    └─── A’

 この場合、列挙するとA、A’、B、C、Dの5通り(実際は30通りくらいかな)。
 仮に50種類くらいのアイテムを5通りに分けて判断するとしましょう。
 が、スタートから分岐条件を順に辿ることができないようなんですよねぇ。
 いきなり分岐条件3から判断しようとして間違えてしまうとか、分岐条件2を経ないで突拍子もない結論に至ったり。
 あまりにも分岐に苦しんでいるようなので様子を窺ってみたところ、なんと50種類のアイテムひとつひとつを、
 1−A、2−A’、3−A、4−B、5−A、6−A’、7−A’、8−D、9−C、10−C……
 って50パターン覚えてゆくつもりみたい。
 ただ、根本的な分岐条件を理解していないから、本当は3−A’なんだけど、3−Aで思い込んでしまったり、19−Dなんだけど、19−Cで覚えていたり、42−A’を42−Bとか……。
 実際50パターンを覚えるのは煩雑だと思うんです。
 分岐条件を覚えるだけなら3つ、分岐結果は5つだけ、で、これを覚えるほうが断然楽だし間違いもないのだけれど
「条件が多くて難しいしいので、全部覚えます。そのほうが簡単」
 なんですって。わたしにはこれ↑がまさに思いこみに感じられるの。
 だって、ifやwhile、foreachを使わないで個別処理するほうが、よっぽど負荷は大き。
 もちろん処理を間違えさえしなければ、全部一対一で覚えてくれても構わないんだけど(何を好しとするかは人それぞれだしね)、今のところ正解率は二割を割っているので……思い込みをちょっと脇に置いて、分岐条件を覚えることに前向きになってはいただけないものかしら(ため息)。
 新人さんの頑張りがわかるだけに、余分な労力を費やして、かつ上手くゆかないことにもどかしさを覚えます。
 間違いを頻繁に指摘したくないし、といって見過ごせないし、彼女が失敗すると「八ちゃん、ちゃんと教えてる?」という先輩の眼差しもあって、こう、胃のあたりがきゅきゅきゅきゅうぅ〜ぅっとするのでした。
 ま、そのうち慣れるよね。気長に気長に。

12月4日(日)

 半ば廃人のように過ごしてしまいました。なんてことでしょう。
 せっかくの休みだからと朝は早くに起きて、ひと通り家のことに精を出した後、本でも読もうと手にとって。
 でも、同じ行を繰り返し読んでしまったり、ページを二ページ一緒にめくってしまったり(笑)
 どうにも集中できないので、読書は早々にやめて、ぼーっとすることにいたしました。
 ぼーっとしながらなんとなく考えているのは仕事のことだったり、家事の予定だったり、サイトのことだったり……。
 そんな時間を過ごした今は、多少思考力が戻ってきたみたい。
 案外こういうぼーっとできる時間って大事なのかもしれませんね。
 無駄、いや、遊びが必要なことって結構多いのかもしれないな。

12月3日(土)

 先輩に「わたしがわたしのペースでやっているように、あなたもあなたのペースで頑張ればいいよ。あなたが手を抜いているとは決して思っていないから」と励まされました。ちょっと泣きそうになりました。
 昨晩は同僚にも「凹んでないですか」と慰められたりもしているので、わたしの凹み具合は周囲にバレバレだったようです。隠していたつもりだっただけに衝撃は大きい。
 そのうえに気を使わせてしまっていたとは!
 わたしはまだまだ修行が足りない(苦笑)
 それでもそんなわたしを慮ってくれる人が少なからずいるのだから、本当にありがたいことだと思います。  
 今日は上役殿から、年始以降もアルバイトをしないかとのお話を頂きました。
 企画室の事務を担当していた方が、今月一杯でお辞めになるそうで人を募集しているそうです。
 条件的には週4日、一日5,6時間というところ。9時‐15時か9時‐16時なのかな。
 もちろんこうした繁忙期にはその枠も超えることにはなるだろうけれど、ぜひお受けしたいです。
 いままでにやったことのない分野の仕事となると、難しいこともきっと多いのでしょうが。
 だからこそやってみたいとも思いますしね。
 まあ、でもそれはともかく、今のアルバイトも頑張らなくちゃね。
 このお話はなかったことに、なんて言われないように(笑)

12月2日(金)

 新人さんは今日、明日はお休み。
 先輩と二人、向き合ってのお仕事。
 ……願うほどには仕事がこなせなくて、もどかしい限りです。
 でもこればっかりは願って即日叶うものでもないので、地道に鍛錬するしかないのですけれど。
 鬼のように仕事に没頭している先輩を目の前に、自分のペースでやってゆくしかないこの辛さ。
 先輩が苛々しているのは、半分くらいわたしのせいだと思うんですが、先輩には今、それを吐き出せる人も近くにはいない。
 なんかもーいろいろと申し訳なくて(涙)
 できることからやるしかないので昨晩突貫で作った作業マニュアルを部長にチェックしてもらいました。何箇所か修正を指示されましたが概ね合格だったようです。
 今晩これを修正し、上役殿にも目を通していただいたうえでOKなら、来週、新人さんに手渡そうと思います。
 ところで本日は残業後、個人的にちょっと美味しい思いもさせていただいちゃいました。
 それだけで明日を頑張れるのは、我ながら得な性分だと思います。

12月1日(木)

 新人さんにはできるだけ簡単な――でも、初めての人には決して簡単とは言えない――作業をお願いしたのだけれど、わたしの説明が今ひとつ上手くなくて「ごめんなさい」という気分。
 咄嗟に的確な助言ができないのは、わたしの中の知識がそもそもあやふやだからなんですよねぇ……。
 精進せねば。
 「できるだけ新人のサポートには八仙花がつくように」と上役殿から指示を頂いているのだけれど、先輩にしてみれば「まだまだ至らない」わたしが人を教えることに不安もあると思うんですよね。それは上役殿にしても同じなんだろうけれど。
 なのにどうして上役殿がわたしをサポートにしたのかというと、先輩はちと口調にキツイところがあるので「慣れない人には辛いから」
 過去にもそれで期間半ばで辞めてしまった方がいるそうですワ。知らなかった……辞めたくなるほど先輩の言がキツイとは思わないんだけどなあ。
 そういうことで先輩がわたしたちに助言するたびに、上役殿は
「サポートは八仙花で結構です」
 でも、先輩はわたしたちの先行きに心配があるから
「だって八っちゃんのやり方には無駄があるから!」
 あああ、わたしがしっかりしないと、二人を不仲にしてしまう……ひーん。
 それで反省点なんですが。
「到る結果が同じならそれでOK」
「手順は人それぞれ、能率と効率は各自で磨く」
「教えられた手順は参考であり、絶対ではない」
 というような考え方では、今回はダメなのかもしれない、というところ。
 先輩は「教えられた手順」に絶対の信頼を置くタイプのよう。
 たしかに模範的な手順でその通りに行なえば仕上がりも画一、という考え方には一理あります。
 だから「こんな感じの“仕上がり”になればOK(手順不問)」というわたしの教え方に不満が出ちゃうんだと思うの。
 といっても、わたしは基本的に「絶対の手順なんてありえない」という考え方の人間なので、絶対の手順というものに不信を抱いてしまう。抱いてしまえば、考えつくはずなどないわけで。
 思考の制御は感情の制御より難しいな、と思ったのでした。