■タイトル:イマルークを継ぐ者
作品URL: http://www.yume-ututu.com/novel/imaruku/index.html
■著者:テラさん
サイト:夢乃欠片 現乃一片(ゆめのかけらうつつのひとひら)
■キーワード/FT,創作神話,シリアス,成長
■あらすじ
存在してはならない二人目の「太陽の娘(リスタル)」
世を乱す元凶と疑われ幽閉されていた彼女は友の助けを得て脱走に成功する。
しかし彼女の脱走と前後するように「月の娘(イアル)」は姿を消し、魔物たちは急激に力をつけはじめた。
混迷する世界を正すために王は二人目の「太陽の娘」を抹殺することを決意する。
■自分は何者なのか、何のためにいるのか。疑問で終われば、まだ幸せかな、と。
【第1章 月の消える日】
創造神イマルークによって作られ、イマルークの末裔であるとされる王と三人の娘たち(太陽の娘、月の娘、大地の娘)に守られる世界が描かれています。
この世界は光、闇、大地、火、水、風の五つの要素で成立っています。うち、闇を除く五つの中から主にひとつの要素を宿して人は生まれます。
宿す要素のなかでも特に尊ばれるのは「光」です。
その「光」を具現するのが二人の娘、「太陽の娘(リスタル)」と「月の娘(イアル)」
本来世界に一人ずつしか存在しないはずの「娘」ですが、太陽の娘が二人同時に存在してしまいます。
そして二人目の太陽の娘の誕生からほどなく、徐々に世界は揺らぎ始めたのです。
二人の「太陽の娘」が世界を揺るがしているのか、世界が揺らいでいるから「太陽の娘」が二人存在してしまったのか。
答えは出ぬまま物語は滑り出します。
二人目の太陽の娘(リスタル)として生まれたエノリアは、常に疑問を抱いています。なぜ「光」を宿すだけで尊ばれるのか、なぜ「娘」を宮に囲うのか、なぜ自分は「娘」なのか。
多くは己に向けられる疑問ですが、「太陽の娘」である自身にむける疑問は、「光」を過剰なまでに尊ぶ「宮」に向けられたものであるとも言えるでしょう。
それはイマルークの作った「世界」に対する疑念でもあり、そこに存在する機構に対する疑念でもあります。
でも、この疑念。
実は「月の娘」であるシャイナも、「大地の娘」であるダライアも、王ゼアルークも抱いているもの。
異なるのは、その対応なのです。
エノリアは抱いた疑問に対し、実に率直に行動を起こします。
このまま生涯を宮に囲われて過ごすのではなく、一人の人として生きたい、と出てゆくのです。
でも、シャイナにはそれができない。「娘」ではないただの人としての一面を持つエノリアと異なり、シャイナには生まれたときから「娘」としての自分しかない。
月の娘(イアル)でない自分を想像できないから、足踏みをしてしまうのかもしれません。
同じく「娘」である大地の娘(アラル)のダライアは、しかし何らかの意志をもって宮に止まっている。 疑念を抱きながらそこに止まることは、決して楽なことではないでしょうに。
ゼアルークは半ば飾りものである「娘」たちとはことなり、統治者として世界への直接の責を負わされていますから、「疑念」を口にすることはできません。口にせず、態度にも出さず、疑問によって判断を迷わせることもないけれど、それでも疑問を覚えずにはいられない。
形は違っても創造神イマルークに連なる四人が四人とも、世界のあり方に不協和を感じているのは皮肉なことだと思いました。
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【第2章 人形師の町】
「闇(ゼク)」を頑なに否定する世界。
この世界が他に拒むものは「双子」です。
先に生まれた子は「光」に祝福され、後から生まれた子は「闇」を背負うようです。
姿を消したシャイナを求めて訪れた地で、エノリアはある事件に巻き込まれます。
エノリアを助ける仲間は三人。剣士のラン、楽士のミラール、そして禁忌とされる「闇魔術師(ゼクタ)」の少女ラスメイです。
王宮の筆頭魔術師を代々務める名家に生まれ、魔術の才能を持ちながら、身に宿す「闇(ゼク)」ゆえに不遇をかこつ彼女は、エノリアを助けて旅することで「闇」とは何であるのかを探しています。
そしてこの章で初めてもう一人の(本来の?)「太陽の娘」であるナキシスが語られるのですけれど。
この人もまた「宮」のあり方に、静かに深く疑念を抱いているようなのです。
(実は、わたし、多くのヒロインの中でナキシスの先行きが一番心配だったりするのですが、彼女への愛はまた別の機会に)
「光(リア)」を至上とする機構と慣習が、その裏で生み出している「闇」が、このお話の根底には窺えます。
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【第3章 罪人の歌】
双子の禁忌に続いて双子の逸話。
同じように愛されて育った二人の娘キールリアとナーゼリア。けれど王子様が愛したのはキールリアただ一人でした。
己には与えられないその愛を得たキールリアを、ナーゼリアは刺し殺してしまいます。その罪の中で、たった今、己の手で命を奪ってしまったキールリアを深く愛していたことに気づきます。
涙の中で命を断つナーゼリア。
それが、双子の娘の物語。二人の「娘」の、物語です。
このお話の転機ともなる一章は、そんな昔の物語から。
フュンランの王女として生まれ、宮に育ったシャイナはエノリアのように旅立つことはできませんでした。宮の外にあるものに焦がれながら、それを望むことは月の娘(イアル)として許されないことであるとわかっていました。
だからこそ、二人目の太陽を宮から逃し、自分は宮に止まるつもりだったのでしょう。
けれど望まぬ――望んだからこそでもあるのでしょうけれど――助けを得て、焦がれた外を見てみれば、そこには心優しい彼女には思いも寄らぬほどの悲しみで満ち溢れていた。
永久の幸せのために罪に手を染めるシャイナは、「ひとときの安寧を守るため」だけに「娘」に犠牲を強いてきた「宮」の一番の犠牲者であり――目的のためには犠牲も止む無し、とする思考に自ずから強く影響されていたのでしょうね――、同時に最大の反逆者なのだと思います。
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【第4章 眠れる神の檻】現在連載中
「神の檻」が神を閉じこめる檻なのか、神の手による檻なのか。
二重の意味があるように思います。
エノリアが生まれる以前は出現しなかったはずの魔物。
強すぎる光は濃い影を落とします。
そのことはこれまでも幾度となく暗示されていましたが、エノリアが生まれる以前も、この世界にはただ一箇所、魔物が現われる場所がありました。
強い光の集う場所。
それがシャイマルーク王宮です。
今までただ漠然と、王宮の宮に「娘」がいる、と認識していた事実に、ここではじめて「なぜ娘は宮に集められているのか」という疑問が入ります。
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■多様な人物像がこのお話の魅力だと思います。
キャラクターが立っている、というのはもちろんなのですが、わたしはキャラクターの個別の魅力以上にそれぞれの関係に魅力を感じます。
血縁とか、運命とか、愛とか恋とか友情とか、そういう「形」としての関係ではなく......うまく言えませんが、人と人のコントラストとリレーション、とでも申しましょうか。
太陽と月、ふたつの光の三人の娘。
年老いた大地の娘と、幼い闇の娘。
自らよりも務めに誠実であろうとする者、さだめに抗い己に誠実であろうとする者。
知らぬままに進まねばならぬ者、知りながら傍観せねばならぬ者。
悲嘆の中で夢を見るもの、その夢にまで怯えるもの、救いを探すもの、破滅を見出すもの、課した務めと課された役目、過去の約束と今望むもの......望まれるものと望まれないもの、望まれるはずのものでありながら否定されるもの、表向き否定されていても必要とされているもの、人間的に、能力的に、もしくはその「役目」あるいは「要素」が。
一対一の関係が何対か存在するのではなく、一対多の関係が折り重なるように、この物語の中には存在します。
そして、一対一を描くにあたってさえ、好意的な感情と非好意的な感情が複雑に絡み合っているのです。
純粋に好悪を語らせない奥行きに心惹かれずにはいられません。
また目に映っているのは同じ世界なのに、それぞれが見ているものは異なるし、見たものに対する感じ方も解釈もまるで違う。
一人一人の存在を確かなものとして感じますし、それらの人々が物語の中にしっかりと編みこまれていることで「世界」の広さと深さを感じます。
時折入る過去のお話も実に印象的だと思います。
過去があってこそ現在があり、未来の選択にも影響を与えるのだと。
だからこそ、自らの過去を知らないミラールは惑い、過去を持たない(だろう)ザクーは惑わない......。
そんなことを思わされます。
長い過去を持つ人、長い時間を幾代にも渡り受け継いできた人の持つ迷いや惑いは、いったいどれほどの痛みを投げかけるものなのでしょうね。
■過去や現在といった時間については、もうひとつ、このお話には特徴があります。
ある事柄を時系列で直接的に描くのではなく、別々の時間、別々の場所で事象が合さってひとつの事柄を暗示する、モンタージュ技法的な表現です。
以前に提示された物事と、今提示されている物事が、鍵となる何かを通して頭の中で再構築されたときに、
「あっ」
と思う。
物語の中に引きこむ力は、答えが明確に語られるよりも、ずっとずっと強いように感じます。
■少しずつ変化しながら繰返される主題は、まるでバリエーション(変奏曲)のよう。
気がつけばテーマとなるモチーフが、しっかりと心の中に沁みこんでいるのです。
しかも、そのバリエーションが別のテーマと巧みに絡みつつ、物語を演出している。
ちょっとした息抜きのシーンにさえ、ひそやかに通奏低音で静かに同じモチーフが流れている......。
それに気づいたとき、二度惚れしました。
続きをいつも楽しみにしています。
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